第8話 007




 ありがとう……、と。

 深い森の奥で聞く木々のざわめきのような、声ともつかない声が、そう伝えた。

 それはたぶん、おじい様の声。……透き通った、混じりけのない、感謝の。

(わたし)

(成功、したの?)

 は、と目を開けば、その瞬間にがくん、と体が落ちる。当たり前の重力がわたしの体を捕らえて、あのやわらかな羽根から引き剥がすんだった。え……っ、わたしの真下、ノイン先生が居るんですが!

 まさかそこに落ちるわけには、と血の気が引く。そしてこの瞬間のわたしに出来ることと言えば、ぐっと胸を開いて頭を後ろへ倒すことくらい。そのまま背後にひっくり返ってベッドから落っこちるくらい、なんてことない。

 瀕死のノイン先生を押しつぶすよりは……!

「──君は、無茶苦茶だな」

「!」

 不格好な転倒を覚悟してぎゅっとつむった視界に、呆れ声が響く。

 予想したような痛みは一つも襲わず、むしろ、わたしは空中のまま誰かの腕に抱き寄せられたみたいだった。なんの危なげもなく、しっかりとした力に支えられる。

 始めわたしの腰あたりを掴んだ大きな手は、落下の勢いを上手に消しながら、いまはわたしの頭をその胸元に抱き込んでいた。たぶん相手は、ベッドのすぐ傍に立っているんだと思う。あと、背が高い。

 そしてわたしは無事、ベッドの足元、端っこぎりぎり──もはやほぼ落ちてる──に尻もちを付いています。……と、いうか。

「王子……?」

「ユイの移動が間に合わない。だから逆に、ノインを大聖堂まで運ぼうと思ったんだ。その相談をしに来たつもりだった。……だが」

 だが?

 思いきり顎を上げると、逆さまのクラヴィス王子を見つめられる。そんな体勢で次の言葉を待つわたしに、王子は遠慮ない呆れ声をくれた。

「君がよくわからない無茶苦茶な力で、すべて終わらせた。何をしたんだ? 本当に無茶苦茶だぞ」

 ぜんぶで三回言った? 三回も言った? 無茶苦茶って。

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