第33話 アルバイト先
恭平は昼食を食べ終えて片づけを済ませると、再びやる事がなくなってしまう。
動き回っていると鳴海ちゃんに『安静にしてなさい』と怒られそうだったので、ベッドに寝転がりながら、スマートフォンでアルバイトの求人を探すことにした。
鳴海ちゃんはというと、相変わらずローテーブルに参考書などを広げて勉強に励んでいる。
数十分スマートフォンの画面と格闘して、集中力が切れたように恭平はふぅっとため息を吐いてしまう。
スーパー、コンビニ、居酒屋、飲食店、書店、雑貨屋、倉庫作業、清掃員。
色々検索してみたけれど、興味がわくようなバイトは見つからない。
今までアルバイトの経験がないので、恭平自身がどういった職種に向いているのか全く分からないのだ。
「はぁ……もう限界、疲れた」
すると、鳴海ちゃんも集中力の限界が来たようで、ペタリと机に突っ伏してしまう。
「お疲れ様。お茶飲む?」
「うん、欲しい」
「はいよ」
恭平はベッドから立ち上がり、ローテーブルに置いてあるコップを手に取り、そのまま冷蔵庫へと向かう。
中からペットボトルのお茶を取り出して、コップへと注いでいく。
再び冷蔵庫の中へボトルを仕舞い、冷たいお茶の注がれたグラスを鳴海ちゃんの元へと持って行ってあげる
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
コップを受け取った鳴海ちゃんは、いい飲みっぷりでグビグビと一気に飲み干していく。
「ぷはぁっ……喉が潤う」
「定期的に水は飲んだ方が良いよ? 夏場は部屋の中でも脱水することがあるからね」
「分かってるわよ。でも、集中してると忘れちゃうの」
「あーそれはわかるかも。それで、勉強に没頭した結果はどうなの?」
「まあ一通りは終わったわ。あとは本当に解けない問題だったりとか、解き方が分からない問題の解き直しって感じ」
「す、すごいな。提出する前から復習なんてするの……?」
「当たり前でしょ。分からない問題なんだから、解き方が分かるようになるまで勉強するもんでしょ」
鳴海ちゃんの言葉に驚愕する。
恭平なんて、夏休みの宿題など残り一週間前から本気を出して一気に終わらせるタイプだったので、分からない問題は解説をほぼ丸写ししていただけだったのに……。
鳴海ちゃんの計画性が凄まじい。
年上とはいえ、計画力もなければ優柔不断の大学生であることが惨めになってくる。
「俺も、ちゃんと頑張ろう!」
鳴海ちゃんを見習い、恭平もしっかりしなくてはという気持ちにさせられ、変なやる気スイッチが入ってしまう。
突然立ち上がった恭平に驚き、鳴海ちゃんがピクっと身体を震わせる。
「びっくりした……何よ急にやる気になって」
「いや、鳴海ちゃんがこんなに出来てるのに、年上の俺が何やってるんだろうと思って。ちょっとは前に進もうかなと」
「ふぅーん。ま、いいんじゃない?」
「よっしゃ、となれば俺も鳴海ちゃんを見習って、前期に習った授業の復習でもしよう!」
思い立ったら行動あるのみ。
恭平は、越してきてから開くことのなかった段ボールを開き、講義で使用する教科書や配布されたレジュメを手にとって吟味する。
「よしっ、これにしようかな」
とっつきやすそうなものを選択して、恭平は鳴海ちゃんのいるローテーブルへと戻る。
「うしっ、俺も鳴海ちゃんを見習って勉強するぞー!」
「別にアンタは必須ってわけじゃないんだから、やる必要ないんじゃないの?」
「そんなことないよ。だって鳴海ちゃんだって頑張ってるんだから」
「はぁ……後で後悔しても知らないからね?」
鳴海ちゃんの忠告を無視して、恭平は勉強に取り組み始める。
しかし、一時間も経たぬうちに、恭平は後悔することになった。
いくら勉強しようとしても全く頭に内容が入ってこず、終いには集中力が底を尽き、床へ寝転がってしまう。
「もう無理だ。文字列を見るだけで頭が痛い」
「ほら、だから言ったこっちゃない」
「だって、鳴海ちゃんが頑張ってるから、俺も負けてられないと思って」
「私だって、好きで勉強してるわけじゃないわよ」
「えっ、そうなの?」
「当たり前でしょ。アンタはもう終わったかもしれないけど、私には受験ってものがあるの。いい大学に入る為には、いい成績を取っておいて損はないでしょ?」
「なるほど……」
「もしアンタが何かの資格を取りたいなら別だと思うけど、何も目標がない状態じゃモチベーションも続かないってものよ」
「た、確かに……」
鳴海ちゃんの言う通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
「アンタはアンタなりに、今やりたいこととか、今しかできないような体験や経験ををすればいいでしょ。何かないの?」
「うーん。あるっちゃあるんだけど……」
「なら、それを実行すればいいじゃない」
「ただ、中々ピンとくるものがなくて」
「どういう事?」
首を傾げる鳴海ちゃんに、恭平はアルバイトの件を説明する。
「実は、ケガが癒えたらアルバイトをしようと思ってるんだけど、自分にあったようなバイトが見つからなくて」
「なんだそういうこと。それなら、将来の為に自給が高い所で働いとけばいいじゃない?」
「うーん、それもそうなんだけど……」
「何よ。煮え切らないわね。アルバイトぐらいパパッと決めちゃいなさいよ。私だって適当に決めたんだから」
「えっ……鳴海ちゃんってアルバイトしてるの⁉」
衝撃のカミングアウトに、礼音は思わず大きな声を上げてしまう。
「ちょ、声が大きいわよ! まあ、上京させてもらった上に学費まで払ってもらってるんだし、自分の生活費は自分で稼ぎたいでしょ」
「え、偉い。ちなみに、どこでアルバイトしてるの?」
「スポーツ用品店よ」
そのワードを聞いた途端、礼音はガシっと鳴海ちゃんの手を掴んでいた。
鳴海ちゃんは突然の出来事にキャっと軽く悲鳴じみた声を上げてしまう。
「あっ……ごめん、つい掴んじゃった」
「な、何よ急に……びっくりするじゃない」
完全に拒絶というわけではなさそうだが、恭平に捕まれた部分をさすっている鳴海ちゃんに対して、恭平はすっと頭を床につけて土下座をかました。
「お願いします、鳴海ちゃんのバイト先で俺を雇わせてください!」
「……はぁ⁉ 何言ってんおアンタ⁉ もしかして、私のバイト先で働くつもり⁉」
「えっ……そうだけど」
「そうだけどじゃないわよ! なんでアンタなんかと一緒にバイトまでしなきゃならないのよ!」
ごめん被るといった様子で腕を組んでスンとそっぽを向いてしまう鳴海ちゃん。
「そこを何とか」
「そもそも、どうしてわざわざ私のいるバイト先で働きたいわけ?」
「スポーツ用品店って聞いたら。急に俺の頭にピーンって舞い降りてきたんだよ。俺が求めていたバイト先はこれだって!それに、同じバイト先に鳴海ちゃんがいてくれた方が頼りになるし働きやすいから」
「アンタは緊張して中々前に進むことのできない子供か! あぁもう! こんなこと教えなければよかった」
鳴海ちゃんは後悔の言葉を口にしつつ、何やらガサゴソと鞄の中を漁り出したかと思うと、中からスマートフォンを取り出した。
「仕方ないから、店長にバイトの募集してるかどうか、確認の連絡ぐらいはしておいてあげる」
「ほんとに⁉ ありがとう鳴海ちゃん!」
「今回だけだからね⁉」
その後、店長と連絡を取ってくれた結果、鳴海ちゃんの紹介という形で、後日アルバイト面接を恭平は受けることになるのであった。
引っ越し先のアパートの住人が俺以外全員女性でした。ハーレム生活が始まるかと思いきや、みんなクセが強すぎて大変です さばりん @c_sabarin
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