第32話 徹夜明けの介護
カタカタカタ……。
もう何時間PC画面を見つめていたか分からない。
恭平の感情はまさに無。
完全に作業ゲーと化していた。
「よし……次がラスト……」
慎重に最後のジャンプを決め、恭平はようやくゴールへたどり着いた。
「お疲れ様……」
恭平のゴールを見届けて、こまるちゃんはグデーンと椅子にもたれかかった。
「ヤバイ、超絶眠い」
「分かるー」
カーテンの隙間からは、朝の日射しが差し込んできている。
壺ババ並走ゲームは、こまるちゃんが2時間ほど前にゴール。
それから、こまるちゃんに難所の乗り越え方を伝授してもらい、葛藤する事二時間弱、ほぼ脳死状態でゴールへとたどり着いた。
恭平の瞼は完全に重くなっており、頭もシュワシュワで意識が朦朧としている。
「あ、ダメだこれ……ふぁぁぁっ。眠すぎる」
「こまるはもう寝る……お休み」
こまるちゃんは椅子から立ち上がると、そのままフラフラーっとベッドに向かって行き、そのまま倒れ込むようにして眠りについてしまう。
恭平もノートPCの電源を切り、パタっと画面を閉じて最後の力を振り絞るようにして立ち上がる。
「それじゃ、俺は部屋に戻って寝るから。お休み」
「うーん……おやすみ……」
こまるちゃんの部屋を後にして、恭平は覚束ない足取りで外階段を下りて一階の外廊下に進む。
すると、102号室の前には、黒シャツにデニムのショートパンツ姿の鳴海ちゃんが立っていた。
鳴海ちゃんが恭平の姿に気が付き、トコトコとこちらへ近づいてくる。
「ちょっとアンタどこ行ってたわけ⁉」
「おはよう鳴海ちゃん……ごめんごめん、こまるちゃんの部屋でずっと徹夜でゲームしてた」
「はぁ⁉ ってことはアンタ寝てないの?」
「そういうこと。だから少し寝かせてくれ。お昼ごろになったら起きるから」
欠伸をしつつ、恭平は部屋の鍵を開けて中へ入る。
「ちょ、待ちなさい」
「……何?」
恭平が玄関を閉めようとしたら、鳴海ちゃんが身体を割り込ませてきた。
「わっ……私が今日は担当だから、アンタが寝てる間に家事とかやっといてあげる」
「えっ……いいよ。起きたらやるから」
「あぁもういいから! アンタはとっととベッドに入って寝なさい!」
鳴海ちゃんは半ば強引に玄関に入ってきて、後ろ手で器用に扉を閉めて施錠する。
「ごめん、ありがとう……ふぁーっ」
「はいはい、いいから寝てなさい。邪魔にならない程度に掃除とかしておくから」
「……かたじけない」
「ほら、とっとと行きなさい」
鳴海ちゃんに背中を押されて、恭平はそのままベッドへと向かって行き、そのままボフっとベッドへ倒れ込むと、一気に意識が持っていかれて、天へ召されるかの如く深い眠りへとついて行った。
ウィィィィィィーン。
騒々しいエンジン音が部屋に響き渡る中、恭平は朦朧とする意識のなか目を覚ました。
ガラガラ、ゴロゴロと床を掃除する音が聞こえてきている。
どうやら、鳴海ちゃんが掃除機をかけてくれているらしい。
「んんっ……」
恭平は寝返りを打ち、再び目を瞑る。
掃除機の爆音をも気にしないほどに、恭平の眠気はMAX。
再び意識がなくなるまでに、それほど時間はかからなかった。
ゆさゆさ……ゆさゆさ……。
恭平はなぜか海の上に浮かんでいた。
そして、ゆらゆらと波に揺られて、大海原を漂っている。
辺りには島もなく、どこを見渡しても青い海。
「……ねぇ」
そんな中、どこかから天使のような声が聞こえてくる。
「ねぇってば……」
「んあっ……?」
恭平が目を開けると、視界の先には仁王立ちしてこちらを見下ろす鳴海ちゃんの姿があった。
「いつまで寝てんの? もうお昼過ぎたわよ」
「あぁ……すまん」
「全くもう、いくら休みだからってたるみ過ぎよ。少しは生活習慣正したらどうなの?」
「おっしゃる通りで」
「はぁ……全くもう。お昼ご飯作ってあるから、温めて食べて頂戴」
鳴海ちゃんは言いたいことを言うと、そのまま踵を返して、ダイニングの方へと向かって行ってしまう。
恭平がベッドから起き上がり、ぐっと伸びをする。
「う“っ……」
直後、背中にピキっとした痛みが伴う。
何度同じことを繰り返せば気が済むのだろうか。
このままでは、一生背中の痛みが改善する事はないのではとさえ思ってしまう。
伸びを止めて、ベッドから降りると、目の前にあるはずのローテーブルがなくなっている。
ダイニングの方を見れば、ローテーブルをダイニングに移動させて、机の上にプリントを広げて、熱心に勉強へ取り組んでいる鳴海ちゃんがいた。
恭平の眠りを妨げぬよう配慮してくれたらしい。
夏休みの宿題だろうか。
鳴海ちゃんは首を傾げつつ悩まし気な顔を浮かべて問題に取り組んでいる。
その様子を見つつ恭平は立ち上がり、キッチンへと向かって行く。
キッチンの上にはラップがかけられた炒飯が置いてあった。
ラップ越しから触れてみると、既にお米は冷え切ってしまっている。
恭平はラップを外してからお皿ごとレンジへと入れて、温めボタンを押した。
加熱が終わるのを待つ間、恭平は鳴海ちゃんが勉強に取り組む様子を眺めることにする。
相変わらず難しそうな表情をしながら、鳴海ちゃんは頭を掻いていた。
恭平は食器棚からコップを取り出して、冷蔵庫に入っているペットボトルのお茶を取り出し、コップへと注いでいく。
そして、それを鳴海ちゃんの元へと持って行った。
「少しは休憩したら?」
声を掛けて、ローテーブルの空いているスペースに冷えたお茶のコップを置いた。
「ありがとう」
鳴海ちゃんはお礼を言いつつコップを手に取ると、相当喉が渇いていたのか、グビグビとコップに入った冷えたお茶を飲み干していく。
「あんまり根詰めすぎない方が良いよ?」
「分かってるわよ」
飲み干したコップをゴンっと力強くローテ―ブルへ置く鳴海ちゃん。
「随分と苦戦してるみたいだったけど、解けない問題でもあるの?」」
「ま、そんな感じ。ここなんだけど……って、アンタに見せても分かるはずないよね」
「ちょっと見せて」
鳴海ちゃんから強引にプリントを奪い取り、恭平は問題へと目を通す。
「ちょ、いきなり何すんのよ⁉」
「いいから、いいから」
そう言って、恭平は問題文を読んでみるものの、段々と表情は険しい物へと変わっていって……。
「すいません。お役に立てそうにありませんでした」
そっと夏休みの宿題のプリントを鳴海ちゃんへ返却する。
「だから言ったじゃない。アンタじゃ解けないって」
「いやぁ、一応俺も受験勉強は一通りやったからいけるかなと思ったんだけど、普通に無理だったわ」
「はぁ……少しでも期待した私が馬鹿だったわ」
鳴海ちゃんが呆れたようにため息を吐いたところで、チーンとレンジの温めが完了したことを告げてくる。
恭平はそのままレンジへと向かい、中から温まった炒飯を取り出し、食器の引き出しからスプーンを取り出してローテーブルへと持っていく。
鳴海ちゃんが気を利かせて机に散乱していたプリント類をどかしてくれる。
「ありがとう」
「いいえ。まっ、アンタが起きるまでの間暇つぶしでやってただけだから」
そう言って、夏休みの宿題をファイルに仕舞い込む鳴海ちゃん。
恭平は胡坐をかいて座り込み、胸の前で手を合わせた。
「いただきます」
いただきますの挨拶をしてから、恭平はスポーンを手に持ち、炒飯を掬って口へと羽織んでいく。
口に含むと、醤油ベースの香ばしい香りと、塩・コショウのスパイスが程よく利いた味付けが染みわたる。
米一粒一粒がパラパラで、ネギや卵が食欲をさらに搔き立てていく。
「うん、美味しい」
「お気に召して良かった」
「やっぱり鳴海ちゃんの料理はなんか安心するんだよね。ほっとする味付けというか、優しい味わいというか。実家に居るような感覚にさせられるんだよね」
「そんな大げさな」
「大袈裟じゃないよ。だって、前も言ったかもしれないけど、毎日作ってほしいぐらいだもん」
「あ、ありがとう……まあ毎日は無理かもしれないけど、こうして面倒見に来た時は作ってあげるわよ」
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
「なっ……勘違いしないでよね。これはアンタを介護と保護の為であって、普段だったら絶対にしないんだから」
「うんうん、そうだね」
恭平が微笑ましい笑みを浮かべていると、鳴海ちゃんがむっとしたような表情を浮かべる。
「な、何よ?」
「いや、何でもない」
そうはぐらかして、恭平はスプーンですくった炒飯を口の中へと頬張った。
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