第31話 壺ババ
「ふぅ……ご馳走様でした」
こまるちゃんは恭平の作った手料理をぺろりと平げ、満足顔でお腹をさすっている。
「お粗末様でした」
恭平は二人分の食器を重ねて、シンクへと持っていく。
「はぁー幸せ過ぎる。今日はこのまま寝れるまである」
「食べた後にすぐ寝たら牛になるぞ?」
「いいもーんだ。私は元々チーズ牛丼が大好きなチー牛ですよーだ」
「使い方違う気がするけど……」
そんな他愛ない会話をしながら、恭平はお皿を洗っていく。
こまるちゃんはベッドの横でグータラ寝転がり、スマホをポチポチしてくつろいでいる。
まあ、家事能力ゼロのこまるちゃんに片づけをお願いしても二度手間になるだけなので、邪魔せずに寝転がっていてくれた方がこっちもストレスなく作業が進むというもの。
主夫と干物妻みたいな構成になりつつ、恭平は皿洗いを終えて、部屋干ししていたこまるちゃんの洗濯物をハンガーから取って畳んでいく。
流石のこまるちゃんも、この前服の畳み方を教えてもらったこともあり、スマホを弄る手を止め、一緒に手伝ってくれた。
二人でパパっとやってしまえばあっという間で、すぐに衣類を畳み終える。
「うしっ……。それじゃあこの洗濯物はちゃんとタンスに仕舞うんだぞ」
「はぁーい」
面倒臭そうな返事を返してくるこまるちゃん。
ちらりと恭平が時計を確認すれば、まだ夜の八時を回ったところ。
「この後はどうする?」
手持ち無沙汰になった恭平が問いかけると、こまるちゃんがパッと手を上げた。
「こまる、恭平とやりたい事あるの!」
「お、なんだなんだ?」
「一緒に
「……えっ、壺ババ⁉」
壺ババとは、最近Vtuberやゲーム実況者の間で流行っている、壺の中に入ったおばさんをくわを使ってひたすら登らせていくというゲームだ。
相当繊細な操作が必要であり、よくジャンプに失敗してスタート地点まで落ちてしまい、台パンをしている配信者の光景をよく見かけている。
この前、
「恭平はノートPC持ってる?」
「う、うん。持ってけど……」
「なら、私の部屋にもっていって並走でどっちが先にゴールできるか早速やろう!」
「待て待て待て! そもそも、俺は壺ババプレイした事すらないんだぞ⁉ あれだけ配信者ですらてこずってるんだ。素人が並走なんてしたら完全に徹夜コースだよ!」
「ちっちっち……分かってないな恭平は。休みの時しかできない徹夜という背徳感を楽しむことで、ゲームって言うのはより一層楽しくなるのさ」
「な、なるほど……」
今まで徹夜というものをほとんどしてこなかった恭平にとって、徹夜というワードは少し魅力を感じるのも事実。
「それに恭平は、今日はこまるの専属家政婦なんだから、こまるが寝るまでお世話をする義務があるのです!」
「家政婦はバブちゃんのベビーシッターではないんだけどな……」
「んなぁぁぁぁもう面倒臭いな! いいからノートPC持ってとっとと付いてきて!」
「へいへい、分かりましたよ」
こまるちゃんの半ば強制的な命令により、恭平はノートPCを片手に203号室の部屋へと向かう。
再びこまるちゃんの部屋にお邪魔すると、こまるちゃんは手慣れた様子でデスクトップPC画面を開き、何からカタカタとキーボードを叩いて作業を始めてしまう。
「壺ババはノートPCのスペックでも普通にプレイできるゲームだから、ダウンロードしてくれる?」
「分かった」
こまるちゃんに指示されたように、恭平はPCを起動させて、スチームサイトで壺ババをダウンロードする。
「ダウンロード完了したよ」
「うっしゃ。それじゃあ早速始めていくぞ!」
こまるちゃんもデスクトップ画面でゲームを起動させて、壺ババのトップ画面を開く。
恭平もこまるちゃんの後に続いて、ホーム画面を開き、スタートボタンをタップすると、操作方法の説明が始まった。
操作方法の説明を一通り見終えた所で、軽いチュートリアルで練習をし終えると、こまるちゃんがにやりとこちらを見つめてくる。
「よっしゃ、恭平、準備はいいかい?」
「おう、いいぞ」
「それじゃあ行くよ! よーい、スタート!」
こうして、恭平vsこまるちゃんの壺ババ並走レーズが幕を開ける
「よしっ……こうして、えいっ! ……あぁ、駄目だ。操作難しいな」
「とりゃ、えいっ、とうっ! よっしゃ、第一関門クリア」
「えっ、ちょっと待って早くない⁉」
「へっへっへー。残念だな恭平。まだまだ修行が足りないんじゃないの? 私は先に進んでるよーん」
こまるちゃんの軽い挑発に、恭平もかっとなってしまう。
「くそっ……俺だってやってやるぞ!」
恭平は慎重に壺の中に入ったババアをくわを使ってゆっくり足場の悪い崖を一段、また一段と登っていく。
そしてようやく――
「うしっ……第一関門突破」
第一エリアをクリアしたところで、こまるちゃんのゲーム画面を覗き込んでみる。
「なっ……第三エリアだと⁉」
既に第二エリアを突破して、第三エリアへと到達していた。
「へへーんだ。悪いけど、恭平には負けないから」
そう言って、こまるちゃんが意気揚々と恭平の方を見て、ドヤ顔を決めたときだった。
キーボードの指を離してしまい、こまるちゃんの壺ババが一気に下へと落っこちていく。
「あぁ⁉ 待って!」
こまるちゃんの壺ババは操作不能。
瞬く間に急転直下していき、こまるちゃんはスタート地点へと戻ってしまう。
「くっそぉぉぉぉ……!」
「へへっ、ドンマイ」
「ぐぅぅぅぅ……悔しい!」
「そんじゃ、俺はお先に失礼しますね」
煽るように、恭平が第二エリアの一歩目を踏み出すと――
ツルッ。
壺ババが足場でバランスを崩して、そのままずるずると下へ落ちていく。
「Nooooooooo-―!!!!」
「ぎゃはははははは!!! 恭平も落ちてやんの-!」
「う、うるせぇ! お互いスタートに戻っただけだろ! こっから仕切り直しだ!」
「やれるもんならやってみなー」
「望むところだ!」
こうして、恭平とこまるちゃんは完全に火が付き、壺ババ並走でどちらが最初にゴールするのか、白熱したバトルを繰り広げるのであった。
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