第30話 手料理
恭平はこまるちゃんの部屋の惨状を見て、早速ゴミの分別から始めた。
机の上に散らかったカップ麺の残り汁やお弁当の残飯を生ごみに捨てて、カップ麺の器や弁当のプラスチック容器をそれぞれ可燃ごみと不燃ごみへと分別。
次に、こまるちゃんのタンス前に散乱している衣類を一旦ベッドの上にどかして、床を掃除機で掃除していく。
本棚周りの乱雑に積まれた本は雪崩が起きないよう整えて、機材類のコード類も綺麗に片してから、最後にベッドの上に寄せておいた衣類をすべて洗濯物入れへと押し込んで、こまるちゃんの部屋の掃除を完了させる。
「流石恭平! 頼りになるぅー」
「ほら、さっさとコインランドリー行くぞ。ってか、自分で洗濯しにいけよな」
「こまるは、外に出たくないんです!」
「ならせめて、洗濯機を買ってくれ」
「こまる機械音痴だから、洗濯機買ったとしても使い方分からない」
「今までよく一人暮らししてこれたな……」
「まあね、えへへっ」
「褒めてねぇ! ほら、とっとと行くぞ」
洗濯するものを鞄へ押し込み、恭平とこまるちゃんはコインランドリーへと向かう。
「うぅ……恭平あづい……私は家に居るからあとは任せた」
「はいはい、駄々こねてないで行くぞ」
「恭平の鬼―!」
こまるちゃんを無理やり家から引きずり出して、猛暑の中コインランドリーへと向かう。
汗ダラダラになりながらコインランドリーへ到着して、洗濯物をぶち込んでお金を投入する。
冷房の効いた室内のベンチに二人は腰かけた。
「あっちぃ……」
「あ”ー冷たいアイスが食べたい」
「帰りに買って帰るか」
「賛成」
二人でグデーンと干からびつつ、ランドリーの中で洗濯が完了するのを待つ。
「あっ、そうそう! こまる、恭平の手料理が食べたいです」
「えぇ……面倒臭い」
「洗濯物は頑張ってこまるが持ちますから! お願いします!」
「こまるちゃんはいつもウーバー〇―ツなんでしょ? 今日も宅配で良くない?」
「毎日デリバリーは飽きた。こまるは人の手料理が食べたいの!」
「一応俺、けが人なんだけどなぁ……」
「それはほら、こまるの愛で癒してあげます」
「……何にっすっかなー」
「ちょ、無視しないでください!」
そんな感じで他愛もない会話を繰り広げているうちに洗濯も完了して、二人は帰り際にスーパーへと立ち寄った。
「んで、何が食いたいんだ?」
「恭平が作ってくれるものなら何でもいいです!」
「じゃあ、冷凍ギョーザ―に冷凍炒飯、それから――」
「待ってください、こまるが悪かったです! ちゃんとリクエスト出しますから!」
「それじゃあ、何が食べたいんだ?」
「最近全然和の料理を食べれてないので、和食系が良いです」
「和食か……難しいな。ちなみに嫌いなモノとかはあるか?」
「なんでも食べられるから大丈夫!」
「分かった」
こまるちゃんのリクエスト通り、今夜の夕食は和食に決定。
というわけで、恭平は早速、食材を買い物かごへと入れて行く。
デリバリーで不健康そうな生活をしていそうなので、たまには魚でも食べさせてやるか。
というわけで白身魚の切り身と人参、インゲン、えのきを購入。
それからかぼちゃにレタス、薄切りベーコンをかごへ入れてレジへと向かう。
お会計を済ませてスーパーを後にして、こまるちゃんと一緒にアパートへと戻る。
一旦恭平の部屋へと向かい、冷蔵庫へ食材を入れて、こまるちゃんの洗濯物を干してあげた。
「よしっ……ひとまずこれで掃除は完了だな」
額に掻いた汗を拭うようにして、恭平が一息ついていると、何やらガサゴソと部屋の奥の方から物音が聞こえてくる。
そう言えば、恭平の部屋に上がり込んできてから、こまるちゃんはずっと静かだったな。
「こまるちゃん、何してるんだぁ⁉」
恭平が部屋を覗くと、物置へ身体を突っ込んでいたこまるちゃんがひょいと身体を出して、こちらをにやにやと見つめてくる。
「恭平、本当に赤火レイカが好きなんだねぇー」
こまるちゃんが手に持っていたのは、赤火レイカの1周年記念フィギュアと、おっぱいマウスパットだった。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何勝手に人の部屋漁っとるんじゃい!」
恭平はこまるちゃんが手に持っていたグッズを奪い取り、さっと元の段ボール箱へと仕舞い込み、再び物置の中へと押し込んだ。
「えぇーなんで仕舞っちゃうのー? 普通こういうのって、部屋に飾っておくものでしょー?」
「バカ野郎。他の奴にバレたらどうするんだよ!」
「何々? もしかして恭平って、オタク趣味がバレるの恥ずかしい系?」
「わ、悪いかよ」
「仕方ないなぁー。その恭平が一人こそこそと秘めてる趣味。私が聞いてあげるから、赤火レイカの良さを思う存分語ってみなさいな」
「いいって別に……」
「私も赤火レイカのグッズは一式揃えてるわけだし、恭平と語り合えると思ったのに」
こまるちゃんは残念そうに、しょんぼりと俯いてしまう。
「こ、こまるちゃんはいないのか? そういう自分の趣味を語れる相手って」
「逆に聞くけど、引きこもりのこまるにいると思う?」
「そこで自虐かよ」
「だって、普段からゲームとSNSしかやってないんだよ。いるわけないじゃないですか」
こまるちゃんはぷーすか拗ねたように唇を尖らせる。
「私だって、赤火レイカについて語れるなら語りたいよ」
どうやら、恭平の為というのは表向きの理由で、本当のところは、こまるちゃんが赤火レイカについて語りたいだけらしい。
家に引きこもって交友関係もあまり持たないこまるちゃんにとって、同じ趣味を持つ相手自体珍しいのだろう。
「分かったよ。もう特にやる事もないし、洗濯物が乾くまで、赤火レイカについて語り合おうぜ」
恭平は腹をくくって、床に胡坐をかいて座り込んだ。
「えっ……いいの?」
「まっ、俺としても同じ趣味を持ってるやつと分かり合いたいって気持ちがないわけじゃないからな。ただ、このことは他の奴には口外しない事。いいな?」
「大丈夫だよ。別に話すような人もいないし」
「……だな」
「ちょ、それは酷くない⁉ せめてそこは、『約束な』って言って指切りげんまんするところでしょ!」
ぷんすかぽこぽこ恭平を叩いてくるこまるちゃん。
こまるちゃんは私生活に関しては壊滅的だけど、こうして趣味友達として付き合っていく分には、悪くないのかもしれないと思う恭平であった。
◇
赤火レイカの話で盛り上がっていると、ふと外を見れば、あっという間に空がオレンジ色に染まっていた。
「もうこんな時間か」
「あっ、ほんとだ……」
なんやかんやで、赤火レイカについて語り合った二人。
すっかり意気投合して良さを語り合った後は、こまるちゃんの質問攻めの嵐。
どこで見つけたのとか、推しになったきっかけや、レッド隊へ入ろうと思った経緯などを根掘り葉掘り問いただされた。
「そろそろ夕食作るから、こまるちゃんはスマホで時間潰すなり、そこにあるゲームでもしてて待ってて」
「はーい」
こまるちゃんは健気に返事をして、スマホをポチポチと操作し始める。
恭平はキッチンへと向かい、夕食の準備へと取り掛かった。
まず初めに、カボチャをざく切りで食べやすい大きさに切り分け、更科鍋の中へと投入、水をひたひたまで入れてから、沸騰するまで火にかける。
その間に、今度は人参とインゲン、えのきを食べやすいサイズの細切りにして、白身魚を取り出し水気を切り、アルミホイルの上に乗せる。
塩、コショウ、しょうゆ、調理酒を各分量入れて、そこへ切った人参といんげん、えのきを敷き詰めるように乗せて、アルミホイルの頂点をぐるぐると巻いて閉じていく。
丁度鍋が沸騰したので、カボチャの入った鍋の中へ砂糖としょうゆを入れて、弱火にしてしばらく煮込む。
今度はフライパンを取り出して中に水を入れ、その上に白身魚の入ったアルミホイルを二つ上に乗せて火を付け、弱火でフライパンに蓋をしてしばらく火を通す。
その間にレタスの葉を均等な大きさに切り分けて、お皿に盛りつけておく。
十分ほどして、先にかぼちゃの方のタイマーが鳴る。
火を切って、菜箸でちゃんと煮えているか柔らかさを確認してから、厚底の丸い器を用意して、完成したかぼちゃの煮物を移し替えていく。
すると、丁度いい頃合いで、もう一つのタイマーが鳴り、白身魚の完成を知らせてくれる。
火を止めてふたを開くと、モワっと湯気が立ち込め、美味しそうな香りが辺りに充満した。
その間に鍋をシンクへと置き、もう一つフライパンを取り出して油を敷き、薄切りベーコンを色がつくまで炒めて、塩コショウを振る。
そのベーコンをお皿に盛りつけておいたレタスの上に乗せ、シーザードレッシングをかけて完成。
「こまるちゃん、出来たから運ぶの手伝ってくれ」
「分かったー」
恭平が声を掛けると、タッタッタっと軽い足取りでこまるちゃんがキッチンへと向かってきた。
「うわっ……なにこれ凄っ⁉ 全部恭平が作ったの?」
「うん、そうだよ。上手くできてるかは分からないけど」
「いやいやいや、お店で出るものより美味しそうだし! 恭平は料理人なわけ?」
「別に大したことはしてないよ? 野菜を切って、調味料入れて、軽く火を通しただけだし」
「それが普通じゃないっての! こまるには一生かかってもこんな料理作れないっての」
「まあ、誰にでも得意不得意はあるだろうし、あまり気にする必要な無いと思うよ。というわけではい、これ運んで」
恭平に差し出されたかぼちゃの煮物をこまるちゃんは運んでいく。
後追いして、恭平は白身魚のアルミホイル焼きを持っていき、もう一度戻って今度はこまるちゃんにシーザーサラダを手渡した。
恭平はキッチンに残り、炊飯器を確認すると、タイミングよくご飯が炊けたことを知らせる音が鳴り響く。
炊飯器を開いて、しゃもじを手に持ち、炊きあがったばかりのふっくらとしたお米を軽く混ぜてから、お茶碗によそう。
「こまるちゃん、ご飯はどれぐらい食べる」
「普通の量でいいです」
「分かった」
お茶碗に適度な量のお米をよそって、こまるちゃんへと手渡す。
「ほい」
「ありがとうございます」
次に、恭平は自分の分のご飯をお茶碗一杯によそい、炊飯器を閉じて机へと向かって行く。
机の上には、出来たばかりの手作り料理がこれでもかと並んでいた。
「うわぁ……凄い彩り豊かで豪華です」
「それじゃあ早速食べようか」
「はい!」
「いただきます」
「いただきます」
お互いに胸の前で手を合わせて、いただきますの挨拶をしてから夕食にありつく。
まずは初めに、恭平はかぼちゃの煮物を箸で一つ取り、半分に切ってからパクっと口の中へ入れる。
「うん、悪くないで出来だ」
自身で作ったかぼちゃの煮つけに舌鼓を打っていると、向かい側に座っているこまるちゃんが白身魚の身をほぐして、ぱくっと口に含んだ。
こまるちゃんは数口噛んで呑み込んだ後、幸せそうな顔を浮かべて両頬に手を当てる。
「うわぁ……なにこれヤバイ。恭平の料理美味しすぎるんですけど。こんなの食べさせられたら、毎日恭平の手料理が食べたくなっちゃうよぉぉぉー」
ほろりと涙をこぼしてしまうほどに感動してくれたらしい。
「ありがとう、そこまで感動してくれると、作り甲斐があるよ」
「はぁ……やっぱり手作りの料理ってなんか落ち着くなぁ……温かい」
こまるちゃんはどこか懐かしむように恭平が作った料理を見つめている。
「いくらなんでも大げさすぎだよ」
「大袈裟なんかじゃな。恭平は毎日宅配生活のこまるの気持ちが分からないから言えるんだよ。料理する音、出来上がってくるほどに部屋に充満する香り、完成した時の見栄え。そしてこの手作り感あふれる優しさ! そのすべてがこまるの為に作ってくれたものだって思うと、嬉しくてたまらないの!」
「そ、そういうものなのか……」
唐揚げやとんかつ、ファストフードにピザやパスタ、お寿司に海鮮、時には中華やハンバーグ。
最近は多種多様な種類のお店がデリバリーを始めたとはいえ、毎日市販の料理を一人寂しく食べるのを想像してみると、確かに家族の温かみのようなものがないのは、少し悲しい気分にさせられる。
「まあ、そんなに寂しいなら、週一ぐらいは作ってやってもいいぞ」
ついついこまるちゃんに同情してしまい、口軽にそんなことを言ってしまう。
「本当に⁉」
すると、こまるちゃんは身を乗り出すようにしてきらきらと目を輝かせて羨望の眼差しを向けてくる。
「まあでも、俺も来月からは大学が始まるから、空いてるときだけだけどな」
「ありがとう恭平! 大好きー♡」
「はいはい」
こうして、週一でこまるちゃんがご飯を食べに来ることが決定した。
まあ、恭平自身も自炊を続けることが目標だったから、こうして無理にでも作らざる終えない状況を作ってしまえば、怠けることもないだろう。
そうポジティブに捉えることにして、恭平は白米を掻き込んだ。
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