二話 灰色と金色
「ほう」
フードを被った背の高い女性は栄えている商業街を眺めて、感心したように息を漏らした。
人族はもちろん、獣人も多く、ちらほらとハーフエルフやハーフドワーフも見える。竜人も。
通常の町で、これほどの種族が行き交うのは珍しくはないが、それでも少ない。排斥主義がない町でも、その町の文化や政策などによって、住む種族が自然と分かれるからだ。
だからこそ、人類全体の種族別割合に近い町というのはとてもいい街なのだ。少なくとも領主が優秀であることは確かだろう。
「実際に見てみると、凄いものですね」
王都や学園都市のような石畳の街並みではない。
粘土にも近い赤土で作られた家々が立ち並び、足元も赤土だ。牛で荷物を牽いている者や不格好な手押し車を押している者など、王都ではあまり見ない光景。
少しだけ空気は乾燥していて、日差しが強い。
行き交う人々は皆、フードか布を頭に被ってその強い日差しを防いでいる。
地べたに座り、瓢箪でお酒や水を飲み交わす者。値切りに必死な親父や、それを尻目に会話をしているおばさま方。活気があり、笑顔と罵声が絶えない。
「……これは、地下下水ですか。しかも、マンホールなんて言う前衛的な」
足元にある銅の丸板で作られたマンホール蓋をカツンカツンとかかとで鳴らしながら、背の高い女性は感心していた。
マンホールが設置できるということは、低コストによる下水道を作ることが可能であり、また、ある程度の都市計画が為されているということだ。
特に、下水用のマンホールは曲がり角に多く、それはこの町でも同様だ。
そんな事を思いながら、その背の高い女性は、後ろにいたフードを被った男性に目くばせする。
「止まってないで行きますよ」
「……分かっている」
「くれぐれも、温情でここにいることを忘れないでください」
「……ああ」
そして、他の領地ではあまり見られない背の低い宮殿を眺めて、溜息を吐いたのだった。
Φ
それほど広く無い一室。
派手ではないが、けれど確かに一級品とわかる調度品が多く置かれている中、手作りと思えるぬいぐるみや安物と分かる小さな鏡が目立つ。
その部屋の向かい合ったソファーの一つに座り、明らかに苛立った様子の黒灰の短髪を持つの中年、ネイハム・イサツ・グレイフクスが置いたものだ。
一番下の娘が小さいころ、父親のために、手作りで作ったり、なけなしのおこづかいで買ったりした品物である。
「お父様。諦めてください」
「諦められるか!」
「既に決まったことなのです。司法を家業とする我らがそれを破ってどうするのですか?」
どこにでもいる町中の少女のようなワンピースを来ているのに、その居住まいは上品で強かだ。
決して折れぬ強い芯を持ちながらも、とても柔らかい物腰。
美しい。
「……どうしてだ。どうして私に相談してくれなかった。頼りなかったか。ああ、そうだろう。あの青ダヌキに嵌められてお前はあんな目に合わせた私は、情けなかっただろう。けど――」
その美しい灰色の少女の足元には、一つの旅行鞄が置いてあった。彼女の全財産とも言える荷物だ。
灰色の少女、つまりオリアナは第三王子に婚約破棄された醜聞、王国高等学園を騒がせた貴族社会からの叱責……。
色々あって、修道院に入るのが妥当となっていた。過去にもいくつかそういう騒動があり、それに則った形だ。
ただ、貴族の娘が修道院に入るのは、最悪な事ではない。悪いことではあるが。
最悪なのは、身一つで貴族としての地位を失い、平民となることだ。修道院に入る場合は、幾人かの傍仕えやある程度の安全は保証される。
貴族としての地位を失うわけではない。
けれど平民になれば、生きるのは難しいだろう。もちろん、実家が支援するという手もあるが、それでも蝶よ花よと育てられた貴族だった娘が平民として暮らすのは難しい。
普通に働くことも難しい。
ネイハムは、ならばと思い、ある程度身を保証し、安全な仕事や家を保証する知り合いの商会で働かせようとしたのだが、それをオリアナが拒んだ。
というか、殆ど拒まれた。支援することも何もかも。
今まで口論で全く負けてたことのないネイハムが負けるくらいには拒まれた。
「――いえ、お父様。情けなかったのは、私です。お父様やお母様、お兄様にお姉様。メイド長や執事長……私は成人するまで、多くの人たちに守られていたのです。守られていることが当然で、それにすら感謝しないで」
平民になるため一人称を直したオリアナは身を乗り出してネイハムの手を握り、ネイハムの隣に座っている白灰の長髪の女性、ベランカ・リング・グレイフクスを見つめる。
母親の彼女は、今にも泣き出しそうに口元と眉を歪ませていた。
「バツが下ったんです。公爵令嬢という地位に胡坐をかいて、その地位を貶すように生きてきて。……私は賢くありません。私は強くありません。私はそれを補おうと努力もしなかったのです」
「そっ――」
ベランカが否定しようと声を張り上げようとした。
けれど、娘の強い灰色の瞳に飲み込まれてしまった。
「そんな私が貴族として生きる事にどんな意味があるのでしょうか? こんな私のために日々精いっぱい生きている平民たちの血税が使われるのでしょうか? いいように利用された私に」
「ッ。だが、それでもいきなり身一つで平民になるなどっ! せめて少しくらい支援させてくれ!」
「……ごめんなさい、お父様。先ほど言った通り、私は賢くありません。愚かなのです」
と、ここまで殊勝な雰囲気なオリアナの様子が一変した。
そのポヤポヤとした可愛らしい顔を精一杯歪ませる。いや、笑う。
「平民という身分から大きなことを成し遂げたいと思ったのです」
思うのは、憎まれ口を決して欠かさない少女。
闘気法すら使えず、そして魔術の才能がないことも聞いた。
なのにあれだけの魔術を扱い、戦闘技術を極め、環境も才能も優れていた青年たちを倒した。それだけの事を成し遂げた。
たぶん、魅せられたのだ。それだけは確かで、オリアナがあの日見た光景が幻想だったとしても、その魅せられた気持ちだけは本物なのだ。
オリアナの頭には、やはりお花が咲いている。
「それに、私は身一つではありません。私は我儘ですが、お父様や教育係、それにマリナたちのおかげでそれなりに教養はあるのです。貴族社会のマナーも知っておりますし、これでも王国高等学園の中間試験で上位には入っていたのです」
貴族として甘やかされた自覚はある。その自覚ができるくらいには、ひどい目にあった。
なのに、その酷い目よりも更に厳しい環境になるであろう道をあえて選ぶのだ。
「働く意思とそれ相応の警戒心さえあれば、平民で生計を立てるなど、容易です」
ただ、その厳しい環境とは貴族の生き方と比べてである。貴族には貴族の厳しさがある。
その厳しさは肉体的なものよりも頭脳的なものだ。
だからこそ、数ヶ月ではあるが真面に貴族として
支援は受けないつもりだ。しかし、それは支援の話。契約に基づく等価交換や相互利得向上などは問題ない。
オリアナが嫌だといったのは、公爵令嬢として無償に甘やかされることだ。血税を費やされることだ。
けれど、貴族社会に関する知識を持ち、コネを持つ人材としての
その
オリアナはあくまで、オリアナ・リング・グレイフクスという存在を否定せずに、反省はしても後悔せずに生きていきたいのだ。
聞く者によっては詭弁かもしれないが、それでもいい。オリアナが、オリアナ自身が納得できればいいだけなのだから。
父親や母親すらも納得させるつもりはないのだから。
先ほども言った通り彼女は自分を我儘だと思っているのだから。
子が巣立つとき、親に感謝はすれど親の望み通り生きる必要はない。
確かに義や礼という意味では、納得させるというのは重要かもしれない。けれど、それは重要であって必要でない。
愚かな選択ではあるが、その選択で愚かな人生を辿るわけではない。
そんなオリアナの意志を確認したのか、ネイハムは大きな溜息を吐く。
そのあと、先ほどまでの苛立った様子が鳴り潜め、鋭い黒灰の瞳をオリアナにぶつけた。
「具体的にはどうするつもりだ」
「既に知り合いの令嬢たちから、元公爵令嬢ということを伏せておいて、いくつかの商会や高位文官に話を取り付けてもらいました」
再度いうが、オリアナは今まで培った人脈を使うことに躊躇いはない。それは実家であるグレイフクス公爵家のもだ。
しかし、実家を頼りと必ず情という部分で無償がでてくる。
「もちろん、直ぐに私が元公爵令嬢と分かると思いますが、それが分かるかどうか、そしてそれが分かっても厄介ごとの種を抱え込んでさえ、私の能力が必要だと思うところに売り込みをしたいと思っております」
「……甘い」
「どこがでしょう?」
「お前のその能力とやらが、決して純粋な利用ではないかもしれん。元とはいえ、公爵令嬢というそれを欲しがる者も多い。特に商会は
それだけでない。
そも、その仕事が見つかるまで住まう場所はどうするのか。金銭すら多少持っていないオリアナが、衣食住をどうやって安定させるのか。
心配事は付かないし、現時点でこの場で出ていくとなれば甘いとしか言わざる負えない。
それは父親として情を除いてでもだ。
そう思っていたのだが。
「分かっています。それでも――」
オリアナは慌てるでもなく、詰まるでもなく、淡々と落ち着いた様子で何かを述べようとして。
タンッタタン、と扉が叩かれた。緊急時に扉を叩く音だ。
「――なんだ?」
「失礼いたします。ですが、
入ってきたのは、手が離せない今、屋敷の対応を任せていた執事長。
恭しく頭を下げながらも、作法を簡略していることから本当に緊急の用だということが分かった。
その用が誰かが来た、という事。
執事長ですら対応できず、待機すら失礼にあたるという人物を考えて、ネイハムはまさかと思う。
しかし、彼のお方は王城にいる。動くとしても、数日開けなけらばならないこの地に赴くことは難しいはずだ。
では、誰だ。
「それも、旦那様はもちろん、お嬢様にも話があると」
「オリアナにか」
「はい。内密と」
「……分かった。今すぐこの場に通せ」
「はい」
執事長が慌ただしく、けれど足音を立てずに部屋を後にしたのを見送って、ネイハムはオリアナを見た。
オリアナはオリアナで、こんな自分にやんごとなきお方がなんの用だろう、と警戒心を宿しながらも、居住まいを正す。
近くにあった旅行カバンを自らで目立たぬ場所に動かし、慌てて最低限の服装やら装飾を見直しているベランカの手伝いをする。
そうして、ネイハム、ベランカ、オリアナの順でソファーに座った。
「お連れしました」
「ああ」
フードを被った背の高い女性、レヴィアとフードを被った男性が入ってきた。
「突然の事、失礼申し上げます、グレイフクス公爵閣下。国王陛下代理として内密に参上まいりました、『万能の魔女』レヴィアと申します」
背の高い女性、レヴィアはフードを脱ぎ去り、それは見事はお辞儀をした。
王の代理であるからゆえに決してへりくだることはなく、されど礼を欠いているわけではない。
わずか半年前に貴族社会入りしたとは思えない慣れた様子だった。
そんなレヴィアの作法にネイハムとベランカは若干目を見張りつつも、その後にいる男性に顔をやった。
オリアナはなんとも言えない不思議な表情をしていた。
「これはこれは、レヴィア殿。遠路遥々ご足労いただき感謝します。して、此度の要件はなんでしょうか? ご内密にという事でしたが」
「ええ。内密であり、ここの者はただの神官です」
そんなオリアナの様子に勘付いたネイハムだが、それは敢えて飲み込み、レヴィアに頭を下げた後、ソファーに座らせる。
レヴィアは、少しだけ会釈したあとソファーにゆったりと腰を下ろす。そして、フードを被っていた男性に顔をやった。
男はゆっくりとフードを取る。
「……謝罪は既に受けましたが」
「ええ。ですがそれは文面でということで、陛下がどうしてもと」
そこにいたのは、禿頭の美男子。いや、その影もないルークだった。
澄んでいたであろう澱んだ碧眼は、何度も何度も彷徨いながらも、オリアナたちと視線がぶつかる。
そして、土下座とすら思えるほど低く頭を下げた。
「済まなかった」
「ッ。今更そんな言葉など!」
「そうですわ! オリアナにあんな仕打ちをしておいて!」
レヴィアのただの神官という言葉を最大限に活用して、ネイハムとベランカは立ち上がり、低く頭を下げているルークを怒鳴りつける。
レヴィアはさもありなんと冷ややかな目をルークに向けながらも、チラリとオリアナを見た。
そしてやはりと納得し、また驚いた。
オリアナは、ルークに対して普通の目を向けていた。それだけだった。恨みも怒りも諦めも侮蔑も何も向けていなかった。
それより。
「お父様、お母様。終わったことですし、ルーク様がどうであろうと私はこうなっていました。ルーク様の関係なしに私は廃嫡となっていました」
立ち上がった両親二人を座らせた。
落ち着いた様子で美しい所作で、二人を座らせた後、ルークへと向き直った。
「ルーク様も頭をお上げください。謝罪は国王陛下から受け取りました。それに先ほどもいった通り貴方様に謝罪される覚えはありません。頭をお上げください」
「……だが」
「……はぁ。いつまでも下げられていると邪魔なのですよ、ルーク様。そもそも、これはついででしょう、レヴィア殿」
「ええ」
オリアナは、しゃんと姿勢を正しレヴィアを見た。
ルークはそんなオリアナに呆気に取られていたが、レヴィアに恐ろしいほどの殺気をぶつけられ、すごすご後ろへ下がった。
ただの神官なのだ。
ならば、座ることは許されないだろう。
それにここに来るまでにレヴィアの恐ろしさを身に染みて味わったのだ。第三王子だったプライドも何もかも粉々に砕かれたのだった。
もともとエイミーに砕かれていたが。
「さて、本題に入らせてもらいます」
「あ、ああ」
ルークの謝罪はただのついでと言われ、ネイハムとベランカはようやく落ち着いたように息を吸い、レヴィアへ顔を向けた。
「まずは、これを」
「……陛下からの手紙ですか」
「ええ。それとこちらはオリアナ様にです」
「私宛ですか」
ネイハムは正式な形式で封をされた手紙を受け取り、オリアナは封もされていないとても簡素な手紙を受け取った。
「公爵閣下には、改めての謝罪と秘密裏の……」
「なるほど。それで娘には」
「いくつかの提案です。ただの、提案です」
レヴィアは微笑を湛え、無表情に手紙を読み進めているオリアナを一瞥する。
手紙を読み終えたオリアナはそれを気にした様子もなく、目を瞑り、何かを考え込んでいる。
そうして数分経ったと、スッとその可愛らしい瞳を開けた。
「レヴィア殿。申し訳ないのですが、国王陛下には……」
「ええ、わかりました」
オリアナは受け取った手紙をレヴィアに返し、レヴィアはそれが分かっていたように受け取りうなずいた。
そして、とても悪い笑みを浮かべて。
「では、オリアナ様。これは私個人の提案なのですが」
「……私に、ですか」
「ええ」
メモ一枚をオリアナに渡した。
オリアナはその灰色の眉を不審げに歪めながら、それを受け取り、目を通した瞬間、目を見開いた。
「……これはこれは、レヴィア殿は御冗談がお好きなのですね」
「いえ、本気です」
レヴィアは微笑を湛えるのをやめ、真剣にオリアナに向き合った。レヴィアのその姿勢にネイハムとベランカは驚き、オリアナは深く眉間に皺を寄せる。
どう考えてもおかしな提案だからだ。
「……私の知っているレヴィア殿は調査を怠らない方だと思っていたのですが、私を雇うわけではないのですよね」
「ええ、雇うわけではありません」
「ならば、本格的にそっちのほうでということですか?」
「ええ。私は学生という身分ですが、大八魔導士でもあるのです。流石に、ここまでの地位にいる者が、ね」
「示しがつかないと。確かに、学園にいた際にもそのような話はちらほらと聞こえましたが」
ネイハムとベランカは、二人が何を話しているのか分からず、混乱している。
うなだれた様にレヴィアの後ろに立っていたルークも同様だ。学園にいたが、何がちらほらと聞こえていたか、全くもって知らない。
うつつをぬかしていたから当たり前なのだが。
「もちろん、オリアナ様の実力も買っているのです。……クレア・プロースティブラがどうなったかはご存じですよね」
「ええ。ほんの数日前ですが、アフェーラル商会の方から世間話程度に。少しだけ疑っておりましたが、まさかあのような状態だったとは」
「ええ。私も、そして聖女であるマーガレット様も驚いておりましたよ」
オリアナとレヴィアは周りを気にせず、あらあらうふふと話を進めていく。
そこには誰にも入れない絆みたいなものがあった。まるで、何度も何度も戦いあったような。
「そんな状態で、あそこまでの勢力を保っておられたとは。しかも、この阿呆をいなしながら」
「ッ。あほ――」
チラリと冷めた様に見られたその阿呆は、直ぐに顔を真っ赤にして突っかかろうとするが。
「――黙れ。阿呆」
「ッ」
恐ろしいほどに冷徹な瞳を向けられて、再びすごすごと引き下がった。
それに何の感慨もなく、けれど凛とした笑みを浮かべて。
「まぁ、こんな阿呆をいなしながら私とやりあっていたのです」
「御冗談を。勝負にもなっておりません」
「いえ。私の予定としては、中間試験が終わるまでにそちらの半分を取り込む予定でした。しかし予想以上に固く、さきにこちらの阿呆の方に切り替えたほどです。まぁそちらはそちらで、クレア・プロースティブラのせいで手こずっていたのですが」
「それで?」
わざとらしく眉尻を下げ、弱弱しい表情をしたレヴィアに、オリアナはニッコリと笑った。
やはり、どんなに成長してもオリアナの笑顔は、間抜けといってはあれだが可愛らしい。癒されるといえるか。
レヴィアは少しだけそんなことを思いながらも、懐から一本の杖を取り出した。
先端にはオリアナの瞳と同様、とても美しいグレーラピリンスの宝石があしらわれ、腕の長さの杖は鮮やかな灰色の金属光沢があった。
「私の弟子になりませんか?」
「なんとっ!」
「まぁ」
ネイハムとベランカは大きく目を見開いた。
大八魔導士が直接弟子にしたいといったのだ。直属の部下として雇うでもなく、弟子にしたいと。
それは魔術師としてオリアナを育てたいということだ。そんな者、多くない。
だが、オリアナは冷笑する。
「もう一度言います。御冗談を。魔力量も平均。魔術適性も結界魔術が下級で、それ以外は初級程度。こんな私を弟子に?」
「ええ。もちろん、先ほど言った通りオリアナ様の実力を認めてです」
「なら、雇うという形では?」
「いえ。確かにそちらの実力も高く評価しておりますが、何よりあの舞踏会にてのオリアナ様の負け方を評価しているのです。魔術師として、重要な実力を」
負け方を評価していると言われ、オリアナは驚く。
確かにあれは負け試合だ。どれだけうまい具合に負けるか、どれだけ派閥の子の未来を保証できるか、それだけを目標とした負け試合だ。
「負け方とやらが魔術師の実力だと」
「ええ。多くの三流は思い違いをしているのですが、魔術師は魔術を扱う者です。言葉を操る者です」
「……それが勘違い、ですか」
「そうです。
だからこそ、一代限りの爵位である魔術侯爵も、世襲制の爵位である魔術男爵も魔導士という名前がついているのだ。
彼らは、国のために魔術を研究し、その成果を国の政治に応用したり。
「ですが、魔術師は実践がものを言います。どれだけ上手い戦いができるか。それが魔術師に絶対に必要な実力です。オリアナ様も見たと思います。エイミー・オブスキュアリティー・モスの戦いを」
「……確かに」
――そういえば、フィオナ嬢がそのようなことをおっしゃっておりましたわね。
オリアナは、フィオナがあの決闘の流れを随時解説していたのを思い出す。ベルからフィオナも魔術師だと聞いていた。
そのフィオナが、どれだけ少ない魔術で、弱い魔術で、戦況を作るからが魔術師として重要なのだと言っていたのだ。
そして、レヴィが何をオリアナに求めているのか分かった。
「あの者の魔術適性はオリアナ様よりも低いのですよ。魔力量も。それであれだけの魔術を扱っていました。この阿呆どもを相手にしていました」
「つまり、私をエイミー・オブスキュアリティー・モスのようにしたいと」
「ええ、端的に言えば。あれほどの魔術適性であそこまで戦えると証明できれば、それはそれは上々なのです。それに今の凝り固まった魔術業界に風穴を開けられますし」
「なるほど」
つまりレヴィアは、魔術の才能がないオリアナだからこそ、弟子を取りたいと言っていたのだ。
魔術の才能がない者が、魔術の才能をある者を倒す。それだけの実力を身に着けた弟子を育てた。
その実績が欲しいのだろう。
自らの考えを、時代の潮流に飲まれてしまった考えをもう一度復興させるために。
それにオリアナという悲劇ともなんとも言えない女性が強い魔術師として身を立てる。それはとても面白い。
そしてついでに、自分の補佐をする者が欲しいのだろう。その実力を持っていたのがオリアナで、グレイフクス公爵家を引き込む一手としても非常に良い。
それらが直ぐに頭に浮かび、少し癪に思いながらも、交渉できるとオリアナは踏んだ。
「……そうですね。単に弟子になるのは拒否させていただきますが、前向きに検討したいと思います」
「オリアナッ!」
「お父様。良かったですね。安全な就職先が見つかりましたよ」
「そういうことを言っているのでは――」
ネイハムは立ち上がる。けれど、オリアナは凛とした灰色の瞳でそれを射貫く。
そんなオリアナはオリアナで、打算で動く。ぶっちゃけ、ネイハムとベランカを一応安心させたいと思っていたのだ。
なら、大八魔導士であるレヴィアの弟子というのは良い安心材料だ。
それにレヴィアの元なら、いろいろと学べる。そこで何で身を立てて、大きなことで成し遂げたいかを決める。
まだ、自分が何をしたいのか分かっていないのだ。
つまり、オリアナは先送りをした。
成長したような、そうでないようなオリアナであった。
ただ、選択するということはした。先送りという選択をした。
「――分かった。はぁ、分かった。……それでレヴィア殿。今すぐオリアナを?」
「いえ、数日ほどここに滞在しますので、その後」
「そうですか。では、貴賓室の手配を」
「いえ、宿を取りましたので大丈夫です。それとこの阿呆のはいりません。この後、直ぐにモス伯爵領に護送しますので」
「……そうですか」
レヴィアはそういいながら、立ち上がった。
そして後ろで縮こまっているルークに視線を向けた後。
「では、いったん失礼させてもらいます」
まるで嵐のように部屋を出て行ったのだった。
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