第8話 黒猫がもたらす幸せ*黒田啓介の場合 ②

 大学でお互いが離ればなれになった俺たちは、年数回のメッセージのやりとりや年賀状、そして、俺が帰省している時に会う位しか接点はなかった。いや、会うと言っても、近くのコンビニでばったり出くわして、そこで立ち話をするくらいだったのだが……。


 それが、俺の母さんが彩子と会った際に、俺の就職が決まったことを話をしたらしく、それ以降、彩子からのメッセージが頻繁に来ていると言う訳だ。どういった心境の変化だろうか。


「ねえ、啓介。啓介が働く場所って都内のどこなの?」

「えっとな、、。地下鉄の大手町を降りてすぐだったかな」

「うそっ!!!私も大手町なの〜〜!やったぁ〜!」

「やったぁ〜!ってお前、、」

「え〜〜、毎朝、満員電車って嫌じゃん。だったら、やっぱり知ってる人が近くにいてくれた方がいいし、それに、、安心するし・・・」

「そんなものか?」

「そんなものなのよ!!」


 彩子は、何故かプクッと頬を膨らませている。

 俺は、昔を思い出して、声を上げて笑ってしまった。彩子は小学生の頃から揶揄うとすぐにほっぺを膨らましてたっけな。


「あっ、、クーロだっ」

「えっ?」


 ドアは閉めてたはずなのに……。

 

「クーロって、凄く綺麗な目をしてる!蒼色なんだね」


 その時だった。

 クーロは、ウインクをすると、尻尾をリズム良く左右に揺らしながら優雅に歩き出した。そして、俺たちの前を横切ると急に姿を消したのだ。

 俺たちはその姿をあっけにとられて見つめていた。



「二人とも、ご飯出来たから降りてらっしゃい〜!」


 下から母さんの声が響いた。

 俺と彩子は顔を見合わせて、「行こうか」と二人揃って降りて行く。


 テーブルには、俺と彩子が隣り合わせで、母さんが一人という配置だ。

 俺らは二人揃って、「いただきます」と声を揃える。


 母さんは俺らを嬉しそうに見つめると「なんだか、新婚さんみたいだわ〜」と口に出す。

 とにかく今日は母さんのテンションが高すぎる。

 俺は、ただ恥ずかしくて顔が熱くなっていたが、これ以上暴走しないように歯止めをかける。


「あのな。母さん、ほら、彩子も困ってるだろう?駄目だよ、そんなこと言ったら」


 彩子は大皿から唐揚げを掴んで俺の皿に入れてくれようとしていたが、その箸を止め、「ううん。困ってないよ。ただ、嬉しくて恥ずかしいだけだよ」と小さな声で俯く。


「はっ???」


 彩子の方を見ると今まで俺が見たことがない表情をしていた。そして、「はい、啓介、ほら折角の大好物でしょう?暖かいうちに頂こうよ!」と言うと、自分も唐揚げをほおばる。

 そして、「美味しい〜!うちのと全然違う!おばさん、今度作り方教えてね!」と母さんと和気藹々に話をしている。


 いつの間に、この二人はこんなにも仲良くなったのだろう?なんだか、訳がわからないが、二人ともとても楽しそうだし、俺も凄く暖かい気持ちになってるから、、まあ、いいか。


 その後、楽しい食事をした後は、彩子が母さんの洗い物を手伝う。その時も色々と話をしていたようだったが、どんな話だったのだろう?

 

 そして、片付けが一通り済んだ後、三人で珈琲を飲んでいた時のことだった。


「それにしても、彩ちゃん、、とっても可愛いし大学でも、もてもてじゃないの?彼氏とかどうなの?」


 母さんの一言に、俺はギクッと身体をこわばらせた。何故なら、それは俺がずっと彩子に聞きたかった言葉だったのだ。

 誰もが認める可愛い彩子、それに比べて、俺は全くいけてない。だから……。


「おばさん〜!それは、流石にちょっとここでは言いにくいです〜。あっ、忘れるところでした。これ買って来ましたよ!おばさんが好きなシェアーズのクッキー、食べましょう〜!」


 なんだか、上手く話をすり替えられたようだが、ここで、彼氏がいるよなんていわれたら俺はどんな顔をしたらいいかわからない。

 だから、良かったのだ。聞かなくて……。


「あっ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと。啓介、今度は、いつまでこっちにいるの?」

「あー、今週一杯はいるかな」

「そうなんだ。じゃあ、また会おうね」

「お、おう。またな」

「おばさん、ご馳走様でした。また、来ます」

「はいはい、いつでも来てもらっていいからね」


 彩子は、白いミュールを履くともう一度、俺の方を向き「またね」と手を振る。


 そんな彩子を俺はもっと見ていたかった。

 少しでも近づいたらそれだけ自分へのダメージが酷くなることを分かっているはずなのに、今日に限って俺は、どうしても彩子ともっともっと一緒にいたいという気持ちになっていた。


「あっ、俺、送っていくよ。ほら、危ないからさ」

「えっ、ありがとう。でも、二分で着いちゃうけどね」

「まぁ、それでも一応な、、」


 俺は、スニーカーを履くと、彩子と一緒に外に出る。

 流石に夏だ。

 午後十時近くだが、全く涼しくない。


「ねぇ、啓介?アイスクリーム買いに行かない?」

「あ、、いいね」


 俺は、昔の頃を思い出していた。まだ、彩子のことを意識してなかった頃はいつも一緒だった。学校でも、学校から家に帰るときも、そして家に帰ってからもずっと一緒だった。


「なんだか懐かしいな。小学校の時ってよく行ったよな。公園脇にあったおばあさんがやっている店、、」


 俺が言いかけた時、俺の右腕を彩子が掴んだ。


「私、さっき、おばさんに聞かれた事、返事出来なかったのは、啓介のせいなんだよ」


 俺を握る手が震えているようだ。


「私、ずっと好きな人がいるんだ。でも、その人は、私のことなんかちっとも好きじゃなくて、、、。でも、私はその人だけしか見えなくて、中、高、大学とずっとずっと我慢してきたんだ。正直、何度も諦めようとしたんだよ。だけど、できなかった。だから、私は、学生時代にできなかった事を社会人になったら絶対やろうと決めたの」


 彩子は俺の顔を見上げながら確かにこう言ったのだ……。


「私は、ずっとずっと啓介が好き。啓介しか見えない。だから、だから、、、、」


 俺はその言葉を聞き終わる前に、彩子を抱きしめていた。

 こんなに近くにいたのに、こんなにも遠回りしてしまった。

 だけど、不器用な二人がこうしてまた巡り会えたのは何か運命のようなものを感じた。


「彩子、、ごめん。俺、、自分に自信が無くて。お前がどんどん綺麗になっていくから、俺なんかじゃ駄目だと自分に言い聞かせてきたんだ。だけど、俺は、やっぱりお前が好きだ」

「やっと言ってくれたね。もう、啓介のバカ!!!」


 その時だった、一匹の黒猫が俺らの方をじっと見ている。

 あれ、、、クーロじゃないか?また、勝手に外に出てるな。

 えっ、ウィンク?

 俺は、彩子を抱きしめながらもクーロにウィンクを仕返す。

 すると、クーロは、細くしなやかな尻尾をリズム良く左右に揺らし、俺らの前を優雅に横切って行った。




終わり(黒田啓介の場合)





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