第7話 黒猫がもたらす幸せ*黒田啓介の場合 ①
「こらっ!!クーロ!また勝手に出て行って、、。駄目じゃないか。ここら辺は、車も多いし、夜にはイタチもでるらしいから。危ないんだよ!」
俺の家は、ずっと黒猫を飼い続けている。
その黒猫『クーロ』がまた勝手に外遊びをしてきたようで、俺はクーロに説教をしているところだ。
うちの猫は、今のクーロで3匹目だと母さんが言っていたっけ。しかも、すべて黒猫だそうだ。最初は、ペットショップでよく見る、スコッティッシュホールドやマンチカンなどのブランド的な猫の方がいいなと思ったが、永らく暮らしているうちに、うちの黒猫はとても可愛いし、それにとても賢いと感じていた。
まず、このクーロは、俺の言葉を理解している節がある。
そして、それをあえて、隠そうとしているような、、そんな気がするのだ。
今日も、クーロは何処かに出かけていたのだが、きっとそこに行く理由があるのだろう。母さんによると、最近は、ふと気づくといなくなっていることが多いらしい。
うちは放し飼いではなくて家猫として育てているのだが、彼はそうは思っていないようだ。なんせ、首輪を付けようとしたら、わざとらしく大声で「シャッー」と威嚇する。よほど自分は飼い猫ではないですよと言いたいのかもしれない。それとも、自由が好きなのか?
それを知ってか母さんも、「クーロの好きにさせてあげなさい。クーロの親のクロスケも全く同じだったからね。本当に、どこから出ていくのかわからないのよね。戸締まりを完璧にしていても、何故かいなくなるのよ。そして、気がつくと戻って来てるし」と笑いながらクーロを抱き上げる。
そして、「啓介も知ってるでしょう?クーロが生まれてから私達にはすごく良いことばかり起きているのよ」と俺に向かって言うのだ。
そう言えば、確かに、、、。
クーロが生まれたのは、俺が小学生の頃だった。それからは、いい出来事が多かったような気がする。
俺は、高校、大学と第一希望の志望校に一発で合格出来たのだが、大学受験に際しては、間違いなくクーロのお陰だった。
ある日、勉強しているとクーロが何気に手を置いていた問題集の箇所をなんとなく眺めていたら、それが第一志望の大学入試で出題されたのだ。驚いた俺は友人に話したが、誰も全く信じてくれなかった。
だが、俺の両親は違った。「クーロならそれってあり得る」なんて言うのだ。
父が何度も失敗して、もう諦めていた会社の昇級試験に合格したり、母が描いた絵画が有名な三科展に入賞したりと幸運が舞い降りているというのだ。しかも、母さん曰く、これらはほんの一例で、これ以外にも良いことが沢山起きているようだった。
「クーロが外出するのはね、きっと、私達以外にも幸せを届けに行っているのよ」
母さんの言葉は、妙に的を射ており、俺もそう思うようにした。
外で遊んで来たのでお腹が空いたのだろうか?
クーロはちらちらと自分のご飯皿を見ている。
そんなクーロを見た母さんは、クーロの頭を撫でると、「じゃあ、啓介、クーロのご飯お願いね」と言って台所に消えて行った。
俺は、猫缶をストックしている棚を開けると、サーモンと七面鳥のテリーヌを選ぶ。実は、この二つはクーロのお気に入りだ。缶を手に取るとクーロが早速、足下にやって来た。
「クーロ、今日はどっちがいいかな?」
俺は、右手にサーモンを、左手に七面鳥を持ちクーロに訪ねる。
えっ?何それ?という顔でぽかーんとしているが、多分、これも演技だろう。
「あっ、、そうなん!?じゃあ、缶詰なしでカリカリだけにしようかな〜」と言った瞬間、尻尾で右手を指した。
やっぱり、クーロは分かってるな・・・。
俺は、確信しながらサーモンの缶詰を開ける。そして、いつもより多めにお皿に盛り付けるとその周りにカリカリを入れた。
「はい、どうぞ。ゆっくりと召し上がれ」
クーロは、「ニャーン」と可愛い声を出すと、お行儀良くご飯を食べ出した。
紹介が遅くなったが、俺は、黒田啓介、大学四年生だ。
大学と同時に京都で一人暮らしをしている。で、この夏休みに東京の実家に戻って来ていると言う訳だ。
久しぶりに俺と会ったのに、最初クーロはしれっとすました感じだったが、針金ダンサーというおもちゃで遊んでやると、嬉しそうにそのおもちゃを追いかける無邪気なところを見せてくれた。
そういえば、、これもクーロのお陰だろうか?
他の友人より遅く就職活動を始めた俺だったが、結構あっさりと東京に本社がある有名なIT企業に無事採用され、来年春からは地元に戻ってくる予定だ。
就職後は、しばらく実家で暮らしてもいいかななとど思っていた。
クーロもいるし、それに、、、ずっと気になっているあいつもいるから。
その時だった、ちょうどそのあいつ、
「もしかして、実家に帰ってる?」
「昨日の夜に帰ってきた」
「もうー、前もって言ってよ」
「ごめんごめん。帰ろうかどうか迷ってたんだけど、やっぱたまには両親にも顔みせないとな」
「あのさ、、今から行ってもいい?」
「えっ?別にいいけど。お前、夕食とか食べたの?」
「まだだけど、啓介んちで食べさせて貰うから大丈夫」
「マジか!?まあ、、母さんに言っとくよ」
「ありがと。じゃあ、あとで」
彩子は俺の幼なじみだ。
家は歩いて二分くらいの所にある。俺の家を出て、右手に曲がるともう彩子の家が見えるという感じだ。
まぁ、幼なじみと言うくらいだから、幼稚園、小学校、そして中学、高校までは一緒だったのだが、大学生になって、初めて離れ離れになった。
俺は、京都にあるK大学を選び、彩子は都内の有名私立大へ進んだのだ。
「ピンポーン」
玄関のチャイムがなる。
電気を付け、玄関を開けると、白いワンピース姿の彩子がいた。
俺は、ちょっと頬を赤く染め、「よう」と短く声を掛ける。彼女は、「久しぶり。元気だった?」と笑顔で返事を返す。
すると、俺の後ろには、ちゃっかり母さんもいて、「ま〜、彩ちゃん〜〜!可愛いわね〜〜。今日は一段と綺麗じゃない〜。あっ、啓介いるもんね〜」と
「おばさん、、ひどい〜〜!」と彩子は耳まで真っ赤にしている。
「ほらほら、上がって!今日は、啓介の好きな唐揚げにしたのよ。沢山あるから彩子ちゃんも食べて行ってね」と母さんに促され、彩子は家の中に入ると、そのまま俺の部屋まで上がって来た。
小学生までは、だいたいこのパターンだったなと昔を思い出しながら、俺は久しぶりに彩子を自分の部屋に招き入れる。
「ねえ、啓介。あの、就職おめでとう!!」
「おう〜、ありがとう。彩子は決まったのか?」
「うん。私も都内のR通販の企画室に内定貰ったんだ」
「すげぇ〜。あそこって、むちゃくちゃ就職するの難しいところじゃん。お前、やるな〜」
お互いが俺のベットの上に座って話をしていると昔を思い出す。
昔は、何の意識もせずにいつも一緒にいたよな・・・。
しかし、高校生になるとお互いが、、、いや、俺の方が意識しすぎて、学校で話すことも日に日に少なくなっていった。そして、一緒に登校することもなくなり、彩子が俺の部屋に来ることもなくなったのだ。
正直、彩子はとても可愛い。勉強もそこそこ出来るし、どちらかというとおしとやかというタイプで、学年でも人気が高い方だった。そんな彩子と俺が話をしていると、「えー?」という気持ちの悪い視線を浴び、「あんな奴の何処がいいんだろう」というような悪口も聞こえて来た。俺は、小さなプライドをズタズタにされ、とても惨めな思いをしたのだ。
だから、それ以降、彩子と二人で会ったり話したりすることが全く出来なくなってしまった……。
会いたい、話したい、、そんな気持ちが高まる一方で、それを避けてしまう・・・。
結局、すごくギクシャクした状態で卒業式を迎えてしまい、俺は逃げるように京都へ引っ越したのだ。
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