第31話 旅立ち

 翌日、すっかり体の調子を取り戻したアネストたちはディーンとセフィラを伴って冒険者ギルドを訪れた。ルールーとドゥスは何の役にも立ってないからと、風帝竜ルシアとの謁見を断ったのだ。さすがに、パーティ全員が断るわけにもいかず、ディーンが代表で謁見することとなった。


「冒険者を引退してから、風帝竜さまに謁見できる機会ができるなんてな。人生何があるかわからないな」


 ぼやくような調子でディーンがこぼす。それに同意を示したのはセフィラだった。


「なんで私も謁見するんですか? 私はただの運搬員ですよ」


 あれだけの事をしておいて、どこがただの運搬員なのか。セフィラを除く全員が苦笑する。


「謁見できる栄誉をめんどくさがるような人たちは、あなた方くらいですね」


 アーハンが呆れたような様子で溜息を吐く。前回、気絶という失態をおかしたくせに何をいってるんだとアネストに言われれば「ギルドマスターの権力を甘く見ているようですね」と不穏な事を言ってくる。


「アネストさんに何かするなら、許さないです」


 ここでセフィラが口を挟むのが予想外だったのか、一瞬呆けた顔をしたあと「冗談ですよ」とアーハンは笑みを浮かべた。


「さあ、謁見の時間です」


 全員で風帝竜ルシアのゲートキーパーの間に入る。今回も武器を預けている。といっても、目的を達成したのだから、もう無理に戦う必要はないのだが。

 前回と同じようにゲートの前に風帝竜ルシアが横たわっている。全員が広間に入り、扉が閉ざされると、目を開け首をもたげた。

 亜竜の巣でみた邪竜メロウのような縦長の瞳孔。威圧は感じるが敵意を感じない。いくらセフィラが居るとは言え、やはり丸腰でやり合いたくないと思うアネストだった。


 全員が重苦しい雰囲気に呑まれたように押し黙る。この広間の主である風帝竜ルシアが声を発するのを今か今かと待っているように。

 風帝竜ルシアがもたげた首を、伸ばすようにアネストたちの方へ――正確にはセフィラの方へと近づける。まるで逃げるようにアネストの背中に隠れてしまうセフィラ。結果、アネストと風帝竜ルシアがにらみ合うような形になり、アネストは邪竜メロウのとき以上に生きた心地がしなかった。


「そう怯えるな、何も手を出そうというわけじゃない。ただ、あの邪竜メロウを打ち破った人間に興味が湧いただけだ」


 そう言い残すと、首を体に巻き付けるように戻していった。


「その言いようだと、オレ達との約束は無効か? 実際に打ち破ったのは、このセフィラだからな。オレたちだけじゃ手も足もでなかったよ、あの化け物は」


 風帝竜ルシアが喉を鳴らして笑う。楽しいおもちゃを見つけたかのように、目を細めアネストたちを見回した。


「いくら強いスキルを持っていようと、一人であの邪竜メロウにには勝てなかったろうよ。邪竜メロウを討ち取った戦果は、貴様ら全員のものだ。約束のことは心配するな」


 言葉が途切れると、アネストたちの周囲の地面に光が走る。その光はまるで幾何学模様を描くように蠢き、一つの形を為すとよりいっそう輝きを増した。


「約束通り、私の力を与えたぞ。さあ、どうする? お役御免の私をいまから殺すか?」


 アネストたち三人以外がぎょっとした表情をする。


「ふ、風帝竜さま。お戯れが過ぎます」


 アーハンが頭を垂れて言葉を絞り出す。ディーンとセフィラは、どう反応したら良いか分からず狼狽えているようだった。


「あんたを倒すのはまだまだ先だ。この世界の中心でのさばっているヤツを倒してからだな」

「出来ると思っているような口ぶりだな。我らでさえ封じるのが限界だったというに」


 セフィラが不安を隠しきれない表情でアネストの服の裾を掴む。アネストが振り返って見下ろせば、セフィラは泣きそうになっていた。

 これまでのセフィラとの付き合いで、ほんとうのセフィラの願いに気付けたアネストはバツが悪そうな表情を浮かべて、セフィラの頭を優しく撫でた。


「大丈夫だよ。なにも、いますぐ風帝竜と……四帝竜とやりあう気はないから。第一、オレ達の目的は伝えてあっただろ? 全てのダンジョンを制覇するって。それは四帝竜のダンジョンも含まれるって」

「あんなの冗談だと思うに決まってるじゃないですか。邪竜のときだって、私も皆も死にそうになったのに、さらにとんでもないこと……言わないで下さい」


 答える代わりに、こんどは乱暴に頭をなで回すアネスト。髪の毛をぐちゃぐちゃにされ、はぐらかされたかのようにセフィラはアネストから離れた。


「ふむ。何やら勝手に話が進んでいるようだが、私からの話はまだ終わっておらんぞ」


 再びセフィラを見つめた風帝竜ルシアは、視線をすぐに逸らすとアーハンを見据える。アーハンは体を震わせながら、今度は気絶することなく風帝竜ルシアに相対する。


「ギルドマスターよ」

「は、はい!」

「そこの娘は今からヴァーチェ国の冒険者ギルドに異動だ」

「はい! ……はい?」

「二度は言わん。貴様らも、ゴーン国とルシア国で用事は済んだだろう? 今度はヴァーチェに会いにいくといい」


 それで謁見は終わりとばかりに、ゲートの前に蹲る風帝竜ルシア。突然言われたことを理解するのに時間がかかり、理解したときにはダンジョンの外へ出たあとだった。


「私、クビってことですか?」

「いやクビではなく異動だ。ヴァーチェ国の冒険者ギルドに所属が移るというだけだよ」


 厳密には違えど、それはクビと言われているようなものだった。ただ、次の就職先が決まっているだけで。各国で冒険者ギルドのあり方は違う。同じ組織名だが、全く別のものというのが一般的な認識だ。だからこそ、ゴーン国で一級だったアネストはルシア国で苦労したのだから。


「風帝竜さまの言いようだと、我らもヴァーチェに行けということであろうな。あの国には良い思い出がないのだがな」


 思いがけない人物が溜息を吐く。アネストと目的を同じくするはずの、ローウェンらしからぬ言葉だった。


「ああ、ヴァーチェ国にはユグドラシルが居るからなあ。ユグドラシルのお気に入りなんだから、あいさつくらいバチはあたらんだろ」

「だからこそ嫌なのである」

「アネスト。ドワーフのエピリタスに気に入られている人がいるけど、同じ事は言えないわよね」

「おい、やめてくれよ。あんな酒乱に付き合ってられるかよ」

 アネストが苦い顔をする。

 ヴァーチェ国にエルフの国があると言われているように、ゴーン国にはドワーフの国があると言われている。そんなおとぎ話じみた話をセフィラは思い出した

 リーンは意地が悪い笑みを浮かべ、アネストとローウェンにさらに釘を刺す。


「私たちの目的からして、避けて通れない道よ。感情論なんてさっさとすてなさいな」


 三人だけが分かるやり取り。それを眺めながらセフィラはかすかに笑みを浮かべていた。


「ヴァーチェ国……か。お母さんとも行ったことがなかったかな。なんか、またお母さんと一緒に旅が出来るみたいだな」


 セフィラは小さく呟く。

 いがみ合うように声を荒らげる三人。あまりにも急展開過ぎる流れに即座に対応しようとするアーハン。少し遠くでアネストたちとセフィラを見つめるディーン。

 セフィラの独り言は誰にも聞かれず、風に乗って新しい世界のヴァーチェ国へ流れていくようだった。



 ◇◇◇



「聞こえているか、ゴーン」

『……ああ』

「我らが撒いた種が芽吹いたようだ。それも予想以上の華を咲かせそうだぞ」

『我の神官の目を通して見ていた……全てではないがな』

「なら、我らに賛同しなかった邪竜メロウを倒した事も知っているな」

『まだまだ荒削りだが、華が咲けば天帝竜にも牙が届くだろうな』

「運命なぞ信じていないが、我らの命が尽きかけているときに『神殺し』が現れるとはな。面白いものだと思わないか」

『それだけ、天帝竜と我ら四帝竜が世界を侵食しすぎた影響とも言えるがな』

「この世界は脆弱だ。異世界の力なくして、侵略してくる世界に対抗できるとはおもえないが、なぜお前は手を貸したのだ」

『かくいう貴様も手を貸しているだろうが』

「世界の命運を左右する存在が眼の前に現れたのだ。何もできない私からしたら協力するのは当然の流れだろ」

『いつから人間の考え方に染まった? 昔は天帝竜の影響を防ぐ以外に何にも興味をもっていなかった貴様が』

「それだけ、我らにとっても長い年月が経ったということだ。人間は脆弱だが、生き残ることにかけてはずば抜けている。執念といってもいいだろうな。その執念に当てられたのだろう」

『前言撤回だ。人間をコマ扱いしてる時点で、貴様はなにも変わってないな』

「変わらない面もあるというだけだ。変わったことを私は好ましく思っているよ」

『そうか。まあ、勝手に思っていればいい。もう、念話をする位しか我らの運命は交叉するこがないだろうからな』

「ふん、相変わらず分かった風なことを言うな」

『何にせよ、次は水帝竜ヴァーチェのところに向かわせたのだろう? ヤツが華を咲かすか、それとも枯らすか、ゆっくりと見ていようではないか』

「水帝竜ヴァーチェがどう動くか……か。そうだ、一つ賭けをしないか? わたしは×××に賭けるぞ」

『なら我も×××に賭けよう』

「賭けにならんではないか」

『それもまた、一興だろ? 我はしばらく眠る。次はヴァーチェが動いたときだな』

「おい、勝手に話を終わらすな……おい……おい」

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最強最弱のゴーストは、今日も荷物と冒険者を運ぶ~大変だから、冒険者の皆さんは全滅しないで下さい~ 白長依留 @debalgal

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