第30話 邪竜
再び邪竜メロウの顔面を殴るセフィラ。その目には狂気が見て取れ、とても正気とは思えなかった。
「舐めるな小娘が!」
セフィラの拳を邪竜メロウがつかみ取る。残った腕でセフィラは邪竜メロウを殴ろうとするが、そちらも掴まれてしまう。このまま硬直するかと思われたとき、邪竜メロウの口が歪に開き、光が漏れる。
それに合わせるように、セフィラの眼前に魔方陣らしきものが浮かぶ。
「「混沌の虚閃『カオス=レイ』」」
二つの光の奔流が直近でぶつかり、激しい爆発を起こす。セフィラは爆発の影響でゲートキーパーの間の反対側にまで飛ばされた。
「う、うう」
うめき声を上げてセフィラが立ち上がる。だれもセフィラに声をかけられない。背中に血の羽根が生えた異様な姿、邪竜メロウを圧倒する異常な強さ、なによりも、あの優しさに溢れていた雰囲気が異質なものになっていたからだ。
もうもうと立ちこめる煙の間から、邪竜メロウが口から血を流しながら洗われる。その目は血走り、獰猛な本質を隠しもしてないようだった。
「なんなのだ、なんなのだお前は!」
「そっちこそ何なのですか。コボルト百匹分よりもどす黒い感情を持ってるなんて、アホなんですか」
「コボルト? 何を言っている。答えろ」
一度吹き飛ばされたことで、なんとか心を取り戻せたセフィラ。
セフィラが行ったことはいつもと変わらなかった。支配者の影『ゴースト』で周囲の能力を模倣しただけだ。ただそれが、仲間だけじゃなく、敵にも適用させただけ。
そうやってセフィラはコボルトの洞窟を乗り切った。
そしてセフィラは邪竜メロウに匹敵する力を手に入れた。
周囲が強ければ強いほど、多ければ多いほど力を増す支配者の影『ゴースト』。その名の通りその場の支配者と同等の力をもつスキルだった。
セフィラが光の剣を作り出す。今までよりも遥かに力強く眩しい光を放つ光。持っていたナイフが耐えきれずにボロボロに崩れてしまうが、それでも光の剣は消えない。
光の剣は炎を纏って赤く染まり、セフィラの身の丈の三倍はあろうかとう弓を作り出す。
危機を感じたのか、邪竜メロウが光を放つが、セフィラから放たれる同じ光によって相殺される。
逆に混沌の虚閃『カオス=レイ』を放ったことで、一瞬の硬直ができた邪竜メロウ。そこに、アネストの、ローウェンの、ディーンの、ルールーの……最期に邪竜メロウの力を乗せた一撃が放たれる。
巨大な弓から放たれた、巨大な光の矢。それは邪竜メロウの体を貫通し、後ろにあるゲートすらも破壊して尚も突き進んだ。
「ごふっ。脆弱な人間ごときに、何故私が……」
体の半分を失い、血に染まる邪竜メロウ。ゲートが砕かれた事によってダンジョンは崩壊を初め、瓦礫に飲み込まれ始める。
「認めん、認めんぞ。この脆弱な世界の人間がなぜ我に立ち向かえる!? 四帝竜さえ私に手が出せなかったのに、なぜ、なぜだ」
「簡単ですよ」
崩れゆくゲートキーパーの間に、セフィラの静かな声が響く。
「ダンジョンでは、平常心をなくしたものから呑まれるんですよ」
「……ふ、ふは。ふははははは。そうかそうか、確かに道理だな」
死に体で高笑いを続ける邪竜メロウ。ディーンは仲間に指示すると、動けないアネストをドゥスに任せ、セフィラの元に駆け寄った。
「やったよ、おじさん。私、やったんだよ」
「ああ、見ていたぞ。お前の母親の言うとおり、とんでもない力を持ってたんだな」
セフィラはディーンに抱きつくと、そのまま意識を失ってしまった。いくらスキルの力を借りたとはいえ、あれだけの力をつかったのだ。体に相当の負担がかかっていた。
「セフィラは大丈夫なのか」
ドゥスに肩を借りなければ動けない程の怪我なのに、セフィラの事を心配するアネスト。ディーンは口に笑みを浮かべると、問題ないといって肩にセフィラを担いだ。
「ダンジョンが崩壊するぞ。ルールー、先導を頼む。行くぞ」
ゲートキーパーの間では、崩壊する音と共に、いつまでも絶叫にもにた笑い声が響いていた。
リーンのスキルは即効性があるが、時間がたった怪我には有用ではない。リーンが回復するころには、アネストの怪我を治すだけの時間が過ぎ去り、ドゥスに治療をしてもらっていた。ドゥスも高位冒険者だけあって、かなりの使い手なのだがアネストの怪我は酷く、街に着くまで全快とはいかなかった。
セフィラもスキルの反動なのか、コボルトの洞窟のときと同じように街まで眠り続けた。
「とりあえずは街についたが、冒険者ギルドにはどう報告したら良いかな」
――ゲートキーパーが四帝竜と同じ厄災級の邪竜メロウでした。だけど倒しました。
こんな報告で通るわけがない。封印指定の一級ダンジョンを攻略したのだ、遠足みたいな報告で終わるはずがない。
まだ体のところどころが痛いが、痛みを堪えてアネストは一心不乱に考える。セフィラと約束しているのだ。破るわけにはいかないと。
「どう報告も何も、正直に言えばいい」
「いや、正直に言うってことはだな……」
「ギルドマスターはセフィラの事を知っているぞ」
「は?」
ディーンの言葉に、アネストは呆けた声を上げる。
「だから、ギルドマスターはセフィラのスキルの事を知っているぞ。セフィラの母親は冒険者ギルドに大きな貢献をしてたからな。それに、自分に何かあったときのための根回しはしっかりしてたぞ。オレだけじゃない、ギルドマスターもその一人だ」
――あのタヌキー! 何がゴーストの存在は知らないだ、放って置いた方が有益だから何もしてないだ。全部知ってるんじゃねーか。
なぜアネストが怒っているのか見当の付かないディーン。アネストはギルドマスターを呼びに行った受付嬢を待たずに、冒険者ギルドの奥へ入っていく。
怪我人を無理に止めるわけにも行かず、かといって報告しないわけにも行かない。やれやれと諦めたような表情を浮かべてディーンもアネストのあとに付いていった。
「ふむ。今日の来客は少ないみたいだね。大勢で押し寄せるものだと思っていたよ」
前回と同じく、窓辺に立って振り返りながら言葉を発するギルドマスターのアーハン。
「なにが思ってただ。全部知ってたんじゃねーか」
ギルドマスターの部屋に入って早々、アネストが大声を上げる。ディーンは慌てて、アネストに落ち着くように促した。
「ぼろい建物なんだから、そんな大声を出したら外に声が漏れるだろ。セフィラの事が周知されるのはまずいだろうが」
黙る代わりに、ソファにどっかりと腰を下ろすアネスト。ディーンも疲れたと言わんばかりに、アネストの横に座った。
「で、どうだったね」
誰かに聞かれても良いように、あえて曖昧に聞いて居るのだろう。そう思ったアネストは、その言葉が何を意味するか考える。
「あんたの読み通り、ありゃ創星級だな。じゃなきゃ今頃オレ達は全滅だ」
「そうかね」
「自分で言っててなんだが、これだけの言葉で報告終わりってわけにはいかないんだろ?」
「風帝竜ルシアさまからの直々の勅令だ。それに関して探りを入れよう何て愚か者はいないよ。いたとしても、即刻牢獄いきだろうね」
権力を笠に着たなんとも言えない言動に、苦いものを吐き出しそうになるアネスト。
「なあ、ギルドマスター」
ディーンがいずかしげな顔でアーハンに声をかける。
「知らない仲じゃあるまいし、気軽にアーハンと呼んでくれたまえ」
「アネストたちが亜竜の巣へ行ったことを漏らした冒険者。ギルドマスターの差し金ってことはないか」
窓際を行ったり来たりしながら、アーハンは考えるそぶりを見せる。
「これでも、冒険者ギルドの職員は私の子供だと思っているんだよ。そんな子供に危ない事をさせると思っているのかね」
「危ない事だと思って居なければ?」
ようやくアネストも合点がいった。セフィラの力をアーハンが知っていれば、利用しようとしてもおかしくない。現にゴーストの件は放って置いて、冒険者ギルドに益が出るようにしていた。
「まあ、答えにはならないだろうが、あの子は十二歳の若さで、冒険者ギルドの床が抜けるほどの荷物を抱えて飛び回っていたよ」
懐かしむような表情で言っているが、ようはアーハンに良いように全員使われていたということだ。
怒る気力もなく、どっと疲れてソファにさらに体重を預けるアネスト。ディーンはディーンで、残った片手で額を押さえていた。
「まあ、これがギルドマスターの仕事なのでね」
それはちがうだろと思いながら、もうここでの用は済んだと、セフィラの事ばかりアネストは考えていた。
「風帝竜ルシアさまへの報告は君たちもいくだろ? 調整に少し時間がかかるから、また明日きなさい。怪我の具合も今よりはましになるだろう?」
アネストとディーンをギルドマスターの執務室から追い出し、アーハンは引出から葉巻を取り出す。アーハンはもともと愛煙家だったが、三年前の事件以降、一切控えていたのだった。
「君には借りばかり作っていたが、これで少しは借りを返せたかな。もしくは、娘を使うなと怒るだろうか」
歳を取るごとに彼女に似てくる少女。その少女のこれからの事を考えて、ゆっくりを紫煙をくゆらせた。
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