第29話 支配者の影

「はぁ……はぁ……間に合った?」


 激しい光のぶつかり合いに、目が一瞬眩んだセフィラ。目を細めて状況を確認すれば、アネストたちは怪我はしているがなんとか無事のようだった。


「セ、セフィラ」


 突然走り出し、強大なスキルを使ったセフィラ。後から追いかけてきたディーンたちが狼狽えるのも同然だった。いくらセフィラの母親から、スキルの事を聞かされていたとはいえ、ここまでとは思わなかったのだから。


「おじさん! アネストさんたちをお願い」


 ゲートキーパーの間に到達し、ディーンたちだけではなくアネストたちの力も身の内に宿したセフィラ。己のスキルがはじき飛ばされたのが意外だったのか、呆けるようにセフィラを見るリザードマンに、全力でスキルを叩き込む。アンデッドトレントを倒した時の複合スキル。

 炎の剣はリザードマンを飲み込み、剣の軌跡はすさまじいエネルギーで熱せられたのか鈍く赤い光を湛えていた。


「セフィラ下がれ! そいつにその攻撃は効かない!」


 ドゥスに治療されながら、アネストが大声を張り上げる。セフィラは一息で後退すると、後を追うように光の奔流が迫ってきた。


「確実に私のブレスが直撃したと思ったのだが……なぜ無傷でいられるのだ」


 実際にはセフィラは一瞬で生死の境を彷徨う結果となっていた。だが、リーンから模倣したスキルを使って瞬間的に修復したにすぎない。

 わざわざ教えてあげる義理もない。首を捻るリザードマンを見れば、かすかに鱗に焦げ後がある程度だった。


「それに、貴様からはあの女の臭いを特別強く感じる。貴様、あの女の関係者か」


 ここに来るまでに、母親がゲートキーパーの足止めをしてディーンたちを逃がしたのは知っている。眼の前のリザードマンが母親を殺したゲートキーパーだと実感したセフィラ。体の内からどす黒い感情がわき上がってくる感じがした。


「神魔の魔導『ワイズマン』=双輪雷蛇」


 死の森で見せて貰ったローウェンのスキル。雷はアンデッドには効果が薄いと最初しか使わなかったが、しっかりとこの目で覚えている。

 手元から螺旋を描くように、絡み合った二匹の雷蛇がリザードマンに襲いかかる。

 激しい音と光を携えた雷蛇を、リザードマンはなんのことのないように両手で一匹づつ掴み、握りつぶす。


「今までのスキル、全てそいつらと同じだな。そういう事か。無傷だった訳ではなく、瞬時に回復しただけとうことか」


 まる落胆したかのように目を瞑るリザードマン。潰れている右目をなぞると、ゆっくりと目を開いた。


「そいつらも見たことがあるな。私に手も足も出ずに、女を置いて逃げ出した奴らか」


 ディーンの表情が変わる。自身をけなされたのではない、セフィラの母親を侮辱されたことに対して怒りを覚えているようだった。

 ディーンは剣をその場で横一文字に振り切りスキルを発動させる。

 スキル『飛燕』。

 強力な斬撃を飛ばす強力なスキルだ。このスキルでダンジョン内のリザードマンや大トカゲはなすすべもなく真っ二つになっていった。

 そのスキルがゲートキーパーのリザードマンに襲いかかる。避けるそぶりすら見せずに直撃したディーンの攻撃。土埃が一瞬舞うが、晴れたあとには何事も無かったかのようにリザードマンが立っていた。まるで、いま何をしたのかと問わんばかりに。


「だったら……これでどうだ!」


 セフィラはディーンの攻撃が有効打にならないと思っていた。アネストとローウェンのスキルでさえ、ほとんど傷付けられなかったら。

 だからこそ、ディーンの攻撃がつくった時間を利用して、セフィラは自身の力を高められるだけ高めた。

 アネストの光の剣。

 ローウェンの魔法。

 ディーンの飛ぶ斬撃。

 この三つを一つにまとめ上げ、ディーンの攻撃に間髪入れずに放つ。

 リザードマンが瞠目する。


「くらええええええ」


 セフィラの絶叫と共にリザードマンに攻撃が命中し、ゲートキーパーの間の壁際まで吹き飛ばすことに成功する。いつの間にか両腕を交叉して、防御態勢をとっていリザードマンの腕には、真一文字に傷が付けられ、青色の血が滴っていた。


「ふはっ……ふはははははははは」


 自身の血をみて笑い声を上げるリザードマン。その姿は狂気じみており、縦に長い瞳孔がなぜか愉悦に歪んでいるように見えた。


「かすかに残った臭いを信じた甲斐があったものだ。まさか、また私に傷を付けられる人間現れるとは」


 なにがそんに嬉しいのか、自らの傷とセフィラを交互に見つめるリザードマン。


「おい、人間。名は?」

「私の名前を聞きたいなら、自分から名乗ったらどうですか」


 見た目はリザードマンの得体の知れないゲートキーパー。その力もさることながら、知性の高さに驚かされる。だが、その知能の高さ故に、アネストたちは今まで生きていられたと思うと複雑だった。


「あの女も同じことを言っていたな。それが人間の礼儀だったか。いいだろう、私の名前はメロウ――邪竜メロウだ」


 ――竜!


 セフィラが知る限り、竜と呼ばれる存在は四柱しか知らなかった。四帝竜、この世界の支配者にして守護者。驚きを隠せないセフィラは今が戦闘中だということを忘れて呆けてしまう。


「なんだ? 私に名を聞くだけ聞いて、貴様は名乗らないのか」

「わ、私の名前は、セフィラ=アーウィン」


 セフィラの名前を反芻するように口にする邪竜メロウ。幾度かセフィラの名前を口にしたとき、口が裂けんばかりに大口を開き叫声を上げた。


「やはり、あの女の関係者だったか。姉か? それとも母親か? 人間の美醜は私には分からないからな、見た目からは分からないが、臭いがそうだと言っているぞ。あの女を殺すのは楽しかったなぁ。何度痛めつけても諦めずに向かってくるあの目。あの目を思い出すと、私の潰された右目が疼くんだよ」


 母親の敵本人からも事実を聞かされ、右手のナイフに力が無意識に入るセフィラ。そこへ、横から光の刃がほとばしり邪竜メロウに突き刺さる。


「貴様では無駄だと理解してないのか?」

「うるっせぇ。セフィラだけに……仲間だけに戦わせる訳にはいかねーだろうが」


 治療が終わったのか、傷が塞がったアネストが大剣を構える。邪竜メロウは防御するまでもなく、アネストの攻撃を受けきっていた。


「ふん。折角の遊びに水を差すとは、邪魔だな」


 セフィラからアネストたちへと体を向けた邪竜メロウの口内が光り出す。先程はセフィラの不意打ちの一撃だったから逸らすことができたのだ。先程までと状況が違いすぎる。


「アネストさん!」


 ただアネストの名前を呼ぶセフィラ。その呼びかけにどれだけに意味が込められているのか。理解しているのかいないのか、左手に握りこぶしを作り上に向かって掲げるアネスト。


「先にあの世へ行くが言い」


 邪竜メロウから放たれる光線。その光線に合わせるように半透明の盾と、光の剣を交叉させ防御するアネスト。後ろからはローウェン、リーンとドゥスが支える。ディーンとルールーはこの隙にスキルを邪竜メロウの口元へと放っていた。セフィラもすぐにディーンたちに続いて攻撃をしかける。

 セフィラの攻撃が届く瞬間、邪竜メロウが左腕をあげて防御をする。さきほどのセフィラの攻撃では体ごと飛ばされていたのに、今度は腕一本で軽く受けきっていた。まるで今までが手加減していたかのように、その腕は倍近くに膨れ上がっている。


「この場に相応しいのはその女と私だけだ。邪魔をするな」


 全員の攻撃を受けながらも、悠々を歩いてくる邪竜メロウ。セフィラも先程から複合スキルを放ち、息が上がっている。なのに、その足を止める事すらできないでいた。

 またあの光の奔流がくる――と思った瞬間には、すでに光は放たれていた。今までタメを行っていたこと自体手加減していたとういことだ。

 セフィラはすぐにリーンのスキルを模倣する。スキルが発動したということは、まだ生きているという事だ。土煙に視界を遮られながら、安堵と不安を抱えたセフィラが見たのは、地に伏すアネストだった。


「アネストさん!」

「く……るな、ごほっ」


 スキルの感覚を頼りに使ったため、誰に使ったかも分からなかった。だが残り回数は五回。ここにいる人数はセフィラ含めて七人。さっきの攻撃は意図してセフィラを避けていた。残り六人のうち、重症と感じる者を優先に治療した結果だった。


「前を向け。アネスト殿は私が助ける」


 ドゥスが再びアネストの治療を開始する。


「その致命傷から回復する力は、そこの役立たずの女の力かと思っていたが、本当にどういうことだ? 二つのスキルを使える者もいれば、貴様のように多彩なものもいる。これは、この世界を浸食するときに障害になるか?」


 ――今、何て言った?


「そろそろ、手下の数も揃ってきたからな。ここらで遊びがてら浸食するのも一興だと思っていたのだが、これでは手下がすぐにやられてしまいそうだな」


 ――浸食?


 先日の出来事が思い起こされる。ダンジョンが世界を浸食するどころか、そのダンジョンすら別の世界に浸食されていた死の森。そこで一体、何人の冒険者が犠牲になったのか。その浸食を封印指定されている一級ダンジョンが行う。それがどれほどの犠牲を生むか。

 セフィラは肌が粟立つのを感じる。それと同時に、この邪竜メロウはここで止めないといけないと強く思う。


「させない」

「ん?」

「させないったら、絶対にさせない!」

「私に傷を付ける程度の力しかないのにできるのか?」

「そんなこと関係無い! 絶対に止めるったら止めるんだ!」


 セフィラは目を見開き、邪竜メロウを見つめる。

 ――見ろ、見ろ、見ろ、見ろ。あのときのように見続けろ!

 コボルトの洞窟でコボルトの大群に囲まれたとき、セフィラは諦めなかった。最後の最後まで足掻こうと、コボルトの動向をじっと観察していたのだ。そのとき、頭の中に、体の中に何かが流れてくるのを感じたのだ。それはスキルを使ったときと同じ感覚。だがそれに異物が混ざっているような気持ち悪さだった。


「なんだ、結局は言葉だけか?」


 セフィラの行動をただの威嚇と受け取ったのか、邪竜メロウがセフィラに向けて歩き出す。本来の力を放出している邪竜メロウに、ディーンたちは動く事ができず、アネストはまだ治療が終わっていなかった。

 セフィラの耳に誰かの叫びが聞こえているような気がしていた。けれど、今セフィラの中は邪悪で黒いものが大量に流れ込んできていてそれどころではなかった。自分自身を無くさないように、コボルトたちと戦ったときと同じ事にならないように自分を保とうと必死だった。


「お前は最後だ。まずは仲間が死ぬまで静かに寝ていろ」


 鈍器のような腕が振るわれる。死の音を引きながら近付いていくる鱗に覆われた腕。その腕をセフィラはなんてことのない動きでつかみ取ると、残った右腕で邪竜メロウの顔面を殴りつけた。

 くぐもった悲鳴と共に、壁に叩きつけられる邪竜メロウ。壁に一瞬めり込み、どさりと地面に崩れ落ちた。

 セフィラ以外、この場でいったい何が起こったのか理解出来ていた者はいなかった。ドゥスも治療する手をとめ、目を見開いてセフィラを見つめていた。


「な、なんだ。一体何が起こった」


 よろよろと立ち上がる邪竜メロウに向かってセフィラが駆ける。文字通り、背中に血でできた翼を携え、空を駆ける。


「もっと、もっともっと! お前の力をよこせええええええええええ!」

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