第28話 死闘
セフィラたちは亜竜の巣に辿り着くと、すぐにダンジョンに潜る。荷物はセフィラが全て背負い、ディーンがたちが先行した。もともと、このダンジョン攻略に挑戦していただけあって、地図は頭の中に入っているようだった。迷わず進んでいく。
「以前と同じと思わず、油断せずに行くぞ」
ディーンのかけ声に応える仲間たち。魔獣と遭遇する度に、一匹一匹確実に仕留めていく。セフィラはディーンたちが使うスキルをその目に焼き付けるように観察する。
ディーンは言ってた。防戦一方だとしても母親だけがなんとか相手を出来る存在だったと。ディーンたちでは相手にすらならなかったと。
アネストたちが無事とは限らない。下手をしたら……。良くない想像を追い払うように首を振り、自身に出来る最善のことを考える。セフィラの強さは、周りの強さ。だが、周りがどんな力を持っているか知ってないと、支配者の影『ゴースト』のスキルがあっても、無駄になってしまう。
ディーンは片手剣で器用に防御と攻撃をこなしていく。アネストのような力業より技量によったスタイルだ。仲間の弓使いは魔法を矢に成形して放つ攻撃をしていた。セフィラの家の近くに住んでいた魔法使いだ。馬車の中で簡単に自己紹介はしたが、ルールーという名の妙齢の女性だ。
最期に残った一人が、風帝竜ルシアの竜神官のドゥス。注意を払って進んでいても、不意に遭遇戦は発生してしまう。小怪我を負った二人を癒やしのスキルで治していた。
ここに防御職兼、攻撃職の母親が合わさり、ルシア国一の冒険者パーティとして機能していたそうだ。
途中、キャンプ地に出来そうな広間に出た。ディーンは逡巡したあと、休憩を挟まず進もうとしたが、セフィラが待ったをかけた。
セフィラが声を上げるとは思っていなかったのか、驚いた表情でセフィラを見つめるディーン。セフィラは、平常心を失うとダンジョンに呑まれると、教わった事をそのまま口にする。
冒険者として当たり前の教え。だが、その教えを守ることがどれだけ難しいか。ダンジョンに挑戦する冒険者は極限状態で視野狭窄になっていく。荷物持ちと仲間の観察に注意を払っていたセフィラは、三人が自身が思っている以上に消耗していることに気付けた。
「おじさん、少し休もうよ。私もすぐに先に進みたいけど、疲れた状態でアネストさんたちに合流しても何も出来ないと思う。昔のおじさんさんたちが……何も出来なかったのなら、なおさらだよ」
キャンプ地で一旦、休憩することとしたセフィラたち。内心では今すぐにでも先へ進みたいが、感情を理性で抑えつける。最善の結果を求めるのなら、感情に流されてはだめだと。セフィラは死の森で何気なくキャンプを始めたアネストたちを思う。軽い態度の印象ばかりが強いが、行動はどれも冒険者の基本を抑えた、一流の冒険者そのものだった。
くすり――と、知らず知らず口元から笑みがこぼれる。食事の用意をしていたディーンたちが不思議そうな顔を向けてくるが、なんで笑みを浮かべたのかは、アネストたちを助けてからが楽しそうだなとセフィラは考えた。
現在と昔のルシア国で一番の、一番だった冒険者たちの会話。いったいどんな会話がされるのか、最善の結果のあとの事を想像して再び口が笑みの形になった。
「混沌の虚閃『カオス=レイ』」
リザードマンの口から再び光が放たれる。同時にローウェンの魔法が光に向かって具現化し衝突する。拮抗するどころか、一瞬で光に散らされるローウェンの魔法。だが、わずかだが軌道をずらすことができ、アネストの半透明の盾への負担を減らす。
「……ぐぅ」
光を受け止めるのではなく、逸らすためだけに注力しても威力を殺しきることはできず、徐々に傷が増えていく。リーンはローウェンとリーン自身に割り当てていたスキルを全てアネストへとまわす。それでも焼け石に水とばかりに、徐々にスキルの残り回数が無慈悲に減っていく。
「アネスト、次が最後よ」
小声でリーンが呟く。それは、次にアネストが倒れたときが、三人の運命が完全に決定するということだ。
背水の陣の三人に比べ、リザードマンは先程から同じ事ばかりを口にしてくる。「あの女の臭い」「関係性は?」「死んだ奴の臭いが何故する」と、相も変わらず訳の分からないことばかりだった。
もう何度目かになるか。数える余裕もない光の奔流がアネストたちを襲う。リザードマンはアネストたちに対して慢心も油断もない。ただ、この光の攻撃だけで十分だと、その程度の実力だと冷静に見ているようだった。
リーンのスキルも回数が尽きた。ローウェンの魔法もほとんど効果がない。アネストは――防御に使っていた左腕はズタズタに引き裂かれ、所々骨が見えている箇所もある。だが、大剣を持った右腕は無事で、目は諦めという言葉を知らないように力強い光を湛えていた。
「そういえば、あの女もそうだったな。仲間に捨てられたというのに、最期まで嬉しそうに笑っていたか」
アネストにはリザードマンのいうあの女というのは分からない。だが、同じ冒険者として、この理不尽の権化のようなリザードマンを相手にして最期まで笑っていた理由はなんとなく分かった。リザードマンは仲間に捨てられたというが、仲間を逃がしたのではないかと。絶大な力をもった存在がそのことに気付かず、まんまと仲間に逃げられたことをほくそ笑んでいたのではないか。または、自分の役目を果たしきって、満足して笑っていたのか。
どちらにせよ、この怪物には理解できないことだろう。
アネストは左腕の痛みを心のなかで切り捨て、右腕だけに集中する。大剣から伸びる光の剣。それをみたリザードマンが、嘲笑うように顔を歪めた。
「本当に人間は、無駄なことをするのが好きだな」
「無駄かどうかは、最期になってみないと分からないだろ」
「ふん。すぐに分かるさ」
リザードマンが再び混沌の虚閃『カオス=レイ』を使おうと口内に質量をもった光を溜める。
アネストは対抗するように、大剣を体に引きつけると突きの体勢をとる。アネストの意図を理解したローウェンとリーンがアネストの体を後ろから支えた。
「本当に……無駄な事がすきな下等生物だな!」
侮蔑の言葉を言い終わると同時に、光を放つリザードマン。アネストもそれに合わせるかのように大剣を前で突き出した。
「神の断罪『ジャッジメント』!」
衝突する光と光。リザードマンが吐き出した光の奔流は、アネストの光の剣を翻弄するように、飲み込むように襲い来る。明らかに押されつつあるアネストのスキル。込められるだけの力を込めて押し返そうとするが、押さえ込むことはできなかった。
もうリーンの回復も、アネスト自身の半透明の盾も使えない。それでも、最期まで諦めずに、眼の前まで光の奔流が迫ってきても三人は誰も諦めることはなかった。
これでアネストたちの冒険は終わる。地帝竜ゴーンとの約束も守れず、風帝竜ルシアに認めさえることもできない。でも、とアネストは思った。この世界を救える可能性がある人間を見つけられたと。それだけは、無謀といえる旅に出た甲斐があったと。
知らず知らず笑みを浮かべたアネストの耳に、近頃、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
「神の断罪『ジャッジメント』」
リザードマンとアネストたちの横合いから、別の光の剣が飛んでくる。その光の剣はリザードマンの光の奔流をねじ曲げ、明後日の方向へとはじき飛ばした。
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