第27話 リザードマン

 亜竜の巣は封印指定されているとは思えないほど、魔獣が弱かった。大トカゲやリザードマンなどの、竜とはほど遠い魔獣が徘徊しているだけで、アネストたちは脅威を感じていなかった。


「なんでここが封印指定なんだ?」

「一応順調ではあるが、なにがあるか分からんであるな。単純に考えれば浸食されきったダンジョンやもしれんな」

「その可能性もあるでしょうけど、それにしては歪な感じはしないわね」


 ダンジョンに入り、順調に地図通りに進んで三日が経っている。亜竜の巣は比較的大型の魔獣が出ることもあり、ダンジョンそのものが広いようだった。ダンジョンとしては一階層なのだが、かなり入り組んでいる構造だった。地図が無ければ間違いなく迷っていただろう。


「ゲートキーパーの間までの地図があるのに、なんで攻略されずに封印指定なのか」


 通路の先に現れたリザードマンを一息に切り捨て、のんきに考えを巡らすアネスト。


「風帝竜さまが情報を伏されているのだから、冒険者ギルドに聞いてもどうしようもあるまいよ」


 風帝竜ルシア指定のダンジョン。地図の入手は許可が出たが、それ以外の情報はシャットアウトされてしまっている。地帝竜ゴーンと違って単純な力を示せという風帝竜ルシア。これぐらいのことは何とかしろ、ということなのだろうと考える。


「二人とも。そろそろゲートキーパーの間よ。ここまで大した事が無かったのだから、何かあるとしたらゲートキーパーでしょうね」

「たくっ。キマイラといい、亜竜の巣といい、ルシア国はゲートキーパーの根性がひん曲がってるのかよ」

「アネストには言われてくないであろうな」


 軽口を交わしながらも、纏う雰囲気がピリピリと音を出しそうになる三人。この先に何が待っているのか。通路の終わりに一際大きな部屋になっている場所に一歩足を踏み入れた。

 突然、眩い光が三人を襲う。その光は一瞬光ったと思ったら、すぐに洞窟の闇に吸い込まれ、消えていった。


「なんだったんだ?」

「アネスト……ローウェン……私も含めて、それぞれあと一回よ」


 リーンの言葉を聞き終える前に臨戦態勢を取るアネストとローウェン。リーンの言葉が示しているのは、今の光はアネストたちへの攻撃で、一瞬のうちに三人とも瀕死の重傷を負ったということだ。リーンのスキルがなければ、今頃、血の海に三体の骸が転がっていたかも知れない。


「これはこれは。久しぶりに遊び甲斐のあるお客さんだ」


 拍手と共に広間の奥から現れたのは、一匹のリザードマンだった。ただし、今まで倒してきたリザードマンと少々毛色が違うところがある。

 背中に生える一対の羽根。

 ただそれだけで、そのリザードマンは途轍もない存在感を発していた。


「くだらない鼠と思って、攻撃してみれば怪我すらしてないとは。一体、どんな手品を使ったのかな? それとも、君たちのスキルの効果かい?」


 流暢に人間の言葉を喋るリザードマン。いくらゲートキーパーとはいえ、人語を解する存在がいるとはアネストは思わなかった。


「なんだい、だんまりかい? もしかして私の人語は下手だったかな?」


 ゆっくりと一歩一歩近付いてくるリザードマン。まるで、それだけでダンジョン内の空気が震えるようだった。


「ローウェン、タイミングは任せた!」


 アネストが吠え、リザードマンに斬りかかる。一切の手加減無しの光の剣。それをなんなく片手で受け止め、溜息を漏らすリザードマン。


「こんなも……」


 だが、最期まで言葉を紡ぐことは出来なかった。すぐにスキルを止めて光の剣を消したアネストは、一気にバックステップをとり距離を開ける。その隙にローウェンの魔法がリザードマンに直撃したのだ。

 ローウェンが使ったのは炎の魔法。広間は十分な広さがあり、問題ないと考えての最大威力の魔法だった。


「ふむ……この程度なのか? 久しぶりの遊びなんだ、もっと楽しませて欲しいものだ」


 アネストの攻撃を受け止めた腕も、ローウェンの魔法を浴びた体も全くの無傷。二人の全力は一切、リザードマンにダメージを与える事が出来ていなかった。


「これなら、あのときの女の方が楽しめたな」


 リザードマンが歪んだ笑みを浮かべて、右目をさする。あまりの力の大きさと羽根の存在に気を取られ、よく観察していなかったが右目に大きな裂傷が走り、視力が奪われているようだった。


「余裕な態度で悪いけどな、こっちはお前を倒しに来たんだ」

「相変わらず、人間は言うことが面白いな」


 アネストは光の剣を天に掲げる。リザードマンは期待外れの目を向けるが、すぐに残った左目で瞠目することになる。

 ローウェンが炎の魔法をアネストに向けて放ったのだ。

 傍から見みれば、仲間割れに見えなくもないが、ローウェンの魔法はアネストの光の剣に吸い込まれていく。セフィラがアンデッドトレントを倒した時のように。


「うおおおおおおおお!」


 二人分のスキルが重ね合わさる。アネストに腕にかかる予想外の負荷。炎の剣となったスキルがまるで意志を持って暴れるかのようだった。


「おらああああ!」


 力尽くで暴れる炎の剣を押さえ込み、アネストはリザードマンに斬りかかる。すでにローウェンが天魔の束縛『プリズン』で足止めをしていた。

 叩きつけられる炎の剣。リザードマンに触れたそばから、炎がほどけるように渦巻き、飲み込んでいく。


「油断しやがって。さすがにただじゃすまないだろうが」


 合成スキルの威力のすさまじさは、実際に目にしたからこそ分かっている。あれだけの再生力を持ったアンデッドトレントを一撃で倒したのだから。

 荒い息を吐きながら、いまだに渦巻く炎。その炎の中からまるで何事も無かったかのように拍手をしながらリザードマンが現れた。ローウェンの足止めも簡単に砕かれてしまったようで、空中に消えゆく魔方陣が見て取れた。


「ふむ、スキルの合成か。それは考えても見なかったな。これだから足掻く者は面白い。以前、逃げた人間たちも、もっと追い詰めていたら楽しませて貰えたのかもな」

「はっ、これでも無傷かよ」

「いや? 無傷では無いぞ。ほら、攻撃を受けた左腕に多少の傷が出来たぞ」


 攻撃された側が、攻撃した側を褒める。言葉だけ聞いたら相手を軽く見ている言動だが、このリザードマンにはそれだけの実力があった。


「お礼に、また私のスキルを見せてやろう。あっさり死なないでくれよ」


 リザードマンが少しだけ開けている口の端から、光が漏れていく。その光が先程アネストたちを一瞬で瀕死にしたものだと気付くと、絶対不変『アキレウス』を構える。何も示し合わさなくてもアネストの防護範囲に入る二人。


「そんな低位のスキルで防げるかな?」


 リザードマンは低位だと言うが、特異級のキマイラを倒した事で得た英譚級のスキルだ。神話級に一段劣るとはいえ、十分上位のスキルだった。


「他に防ぐ術がないなら、このまま消えるが良い」


 リザードマンが口が裂けるのではと思える程、大きく口を開く。口の中に溜められていた光が、凶悪な力となってアネストたちに襲い来る。

 アネストは光が襲い来る瞬間、絶対不変『アキレウス』を斜めに構え直す。ローウェンとリーンは後ろからアネストを支えるように体の位置を変えた。

 襲い来る光と半透明の盾がぶつかると、盾は一瞬で砕け散った。それと同時に凶悪な光の軌道をずらすことに成功し、なんとか直撃を防ぐことが出来た。

「アネスト!」

「リーン、よせ。治すな。この程度なら何とかなる」

 アネストの左手はずたずたに引き裂かれたかのようになり、血を滴らせている。リーンはアネストの意図を汲み、すぐに荷物から包帯を取り出すと、すぐに治療をした。


「本当に面白い。この面白い時間がもうすぐ終わってしまうかと思うと残念だが、それでも何事には終わりがある。そうだろ?」


 三度の攻撃を仕掛けようとしてくるリザードマン。いくらあと一回、セフィラのスキルで回復出来るといっても、その先がない。相手に傷らしい傷を与えられないのだ。これ以上の方策が思いつかず、絶望に染まりつつあった。


「ん?」


 一歩一歩、近付いてきていたリザードマンが首を傾げて、歩を止めた。その場で腕を組んで考え込むような仕草を見せる。


「キサマらから、懐かしい臭いがするな。この臭いは、唯一私に消えない傷を付けた女の臭いだ。だが、あの女は私がこの手で葬ったはず。どういうことだ」


 何のことを言っているのかと、アネストは心の中で首を捻る。もしかしたら、これが突破口になるかもしれない。でも、問われているアネスト自身、意味が分からず大事な機会を掴むことが出来ない。


「答える気がないのか? なら、答えたくなるまで付き合わせるまでだ」


 リザードマンが瞳を細めてアネストたちを見る。その瞳からは、絶対に逃がさないという意志が感じ取れた。

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