第26話 決意

 時刻的には閉店ギリギリだった。セフィラはディーンの道具屋の戸を叩いていた。


「おじさん! 開けて! お願いだから開けてよ」


 いつもだったら、まだ鍵が閉まっているなんてことはなかった。なのに、今日に限って鍵が閉まっていたのだ。だが、中からは物音がする。ディーンがいるのは確実だった。

 どれだけ戸を叩いていたか。太陽が地平線に隠れ、世界が薄闇に呑まれかけたとき、ガチャリと鍵があいた音が聞こえた。


「やっぱり、まだ居たか」

「お、おじさん」


 少し泣きそうになりながらも、ディーンに抱きつくセフィラ。抱きついた感触から、ディーンがいつもとは何かが違うと感じた。光が消えていく中、目をこらしてよく見ればディーンは皮鎧を装備していた。冒険者を引退してから、一度も見ていなかった姿だ。


「おじさん、封印指定のダンジョンにアネストさんたちが――」

「知ってるさ。知ってるから、セフィラを冒険者ギルドに行かせたんだが……どっかのバカが口を滑らせたみたいだな」


 不意打ち気味の言葉を聞かされ、感情が高ぶるセフィラ。知らず知らず声を荒らげて、ディーンに詰め寄っていた。


「なんで、なんで教えてくれなかったのよ!」

「何でも何も、知ったら行こうとすると思ったからだよ。セフィラがあいつらをどう思っているかを聞いて、こうなるだろうって思ったからだ」


 まるで幼子を諭すように、ディーンがセフィラの前にかがみ込む。歳の割には少し背の低いセフィラの目を真っ直ぐ見つめるディーン。光が消えゆく世界において、不思議と力強さを感じる瞳だった。


「覚えているか? 三年前のこと」


 氷の棒を背中に突き刺された気分になる。三年前に何が起こったのか。ディーンが三年前を語るということは、母親がダンジョンから帰らなかった時のこと以外考えられない。


「あの時、オレ達が挑戦していたのが『亜竜の巣』と言われるダンジョンだ。当時は三級のダンジョンで、上の下に位置づけられていた。オレ達だったら楽勝だと思っていたよ」


 セフィラの中で、点と点が繋がりつつある。だが、その結果見える形は想像したくないものだった。


「ダンジョンの道中はなんてことなかったんだ。だから、ゲートキーパーもそれなりだとたかをくくっていた。それが間違いだった」


 ディーンは三年の間、己の体の中で渦巻いていた衝動を吐き出すように、言葉を絞り出す。

 ディーンの目が、声が、鼓動がセフィラを捉えて逃げることを許さない。


「そして、オレ達はアイツに出会った。アイツは今まで戦ってきたどんな魔獣よりも賢く、強靱だった。おまえの母親よりオレ達が数段実力で劣ると直ぐに気付き、弱点をつくように攻撃してきたんだ」


 母親はそのとき、ディーンたちを逃がすために一人でゲートキーパーの間に残り、殿として最期まで戦ったそうだ。ディーンたちの怪我も予断を許さない状況で、ダンジョンの外で少しの時間しか待てなかったそうだ。

 その時から、亜竜の巣は封印指定にされたそうだ。一級冒険者の中でも飛び抜けた実力をもっていた母親でも、防戦一方になるほどの相手。


「セフィラ。おまえが特別なスキルを持っていることはアイツから聞いている。だがな、最期にお前の事を任せるとアイツに……おまえの母親に頼まれているんだ。だから、ここはオレ達に任せろ」


 これで話が終わりだというように、店の前に馬車が止まる。そこには、昔見た母親のパーティメンバーが揃っていた。


「みんな?」

「この三年間。セフィラほどじゃないが、オレ達も苦しんできたんだ。だから、ここらでその苦しみを終わりにしようと思う」


 ディーンは立ち上がり、セフィラの頭を優しく撫でる。ディーンは後ろ手に扉を閉め、鍵をかけるとセフィラに鍵を握らせた。


「オレ達が帰ってこなかったときは、中の物は自由にしていいぞ」

「まって、まっ――」


 セフィラは自身も付いていこうと言葉にしようとするが、喉に蓋をされたかのように声が出せなくなる。思い出すのは、コボルトの洞窟での恐怖。


「そんな状態なにが出来るんだ。それに、これはオレ達のけじめだ。あのときの借りを返しに行くだけだ。セフィラには関係無い」


 ディーンが御者台に飛び乗り、仲間も馬車に乗り込む。このままじゃ、このままじゃ――。

 コボルトに襲われた時以上の恐怖を思い出す。いくら待っても帰ってこない母親。謝罪の言葉を繰り返すだけの、大怪我を負ったディーン。

 このままディーンたちを行かせたらどうなる?

 また三年前の繰り返しになる?

 それだけじゃない、今度はアネストたち……。


「いやあああああああああああ」


 突然、叫び声を上げたセフィラを驚愕の表情で見つめるディーン。セフィラは涙を流しながら、最悪の想像を振り払うように頭を振る。

 ディーンはそんなセフィラの様子に、すぐに駆け寄ると胸に抱き寄せた。


「セフィラ分かってくれ。これはオレ達がやり残したことなんだ。絶対にアイツらを助け出してやるから」

「私も行くの。もう、もう待ってるだけなんて出来ない。これ以上、誰かが居なくなるなんて我慢出来ない」


 コボルトの洞窟から戻って以降、スキルがまともに発動しなかった。でも、この時だけはとスキルを使う覚悟を決めた。


「この!」


 力の限り叫ぶと、ディーンの腕を振り払う。一足飛びに御者台に登ると、セフィラはディーンを泣きはらした目で見下ろす。


「私は大丈夫だから。私も絶対に生きて帰るから。お願いだから連れて行ってよディーンおじさん!」

「駄目だ! お前はアイツの忘れ形見で……」

「私にまた大事な人を失えって言うの!? おじさんたちを、アネストさんたちを」


 必死に訴えるセフィラに、ディーンはこれ以上何も言えなくなってしまった。セフィラが恐れているのは、また一人きりになること。だれかが居なくなること。自分の安全ではなかったのだから。


「危なくなったら、お前だけでも逃がす。オレたちの事やアイツらのことは見捨てろ。それが約束出来るなら連れて行ってやる」


 目尻に貯まったままの涙を拭い、セフィラは力強く頷いた。

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