第25話 三人の行方
暗い室内。いつもなら、スキルの力でランプに火をつけている時間だった。
セフィラは、ベッドの中で何をするでもなく、毛布に包まっていた。見上げるは天井。どうしても、あのときの洞窟が思い起こされ、恐怖がいまだに拭えないでいた。
テーブルの上には、そのままで食べられる果物や、パンが置かれている。いつでも食べられるようにとディーンが置いていったものだ。ディーンは朝、昼、晩と必ず顔を出してくる。母親のパーティメンバーだったディーンには小さい頃から遊んで貰っていた。ディーンと一緒にいると、母親に守られているような錯覚を受ける。もうあれから三日も経つのにディーンに甘えてベッドの中にいた。
今日もディーンが道具屋を閉めた後に立ち寄ってきた。テーブルの上の食材に手を付けてないのを見ると溜息を吐き、ランプに火打ち石で火をつけ、椅子に座った。
「セフィラ、少しは食え」
「食べてるよ。ちょっとだけど」
今日一日で、パンをひとかけら食べているのだ。何も食べられなかった初日に比べれば大きく改善されている。
セフィラの返答にあたまをガシガシと掻くディーン。
「悪いが、オレは片手しかねーから、料理なんて出来ないんだ。そこは手伝えないぞ」
セフィラからしたら感謝しかないのに、そんなことを気にするディーンが少しおかしかった。戻ってきて初めて笑えた気がした。
「ねえ、おじさん」
「なんだ?」
眼の前のディーンには何度も感謝の言葉を伝えてある。だけど、肝心のアネストたちには何も言っていない。自分の体調や感情でぐちゃぐちゃになりながらも、そこだけは強くはっきりと心の中でシコリとして残っていた。
「明日はアネストさんたち、冒険者ギルドに居るかな」
ディーンの手が止まる。片手しかない手でパンとハムを切り、セフィラ用にサンドイッチを不器用ながらも作っている所だった。
不自然な動きに、セフィラは首を傾げる。
「そりゃ、聞いてるわけないよな」
椅子に深くもたれかけ、天井をみつめるディーン。そんな様子に、不穏な気配を感じたセフィラはディーンに詰め寄ろうとして、ベッドから落ちた。
うめき声と共に立ち上がるとするが、ここ数日まともに動いていなかったせいか、体にまともに力が入らない。近くにディーンがいるのに、自然とスキルで自身を強化することも出来ない。スキルが使えないのは、体の調子が悪いからか? そんな事を思っていると、ディーンが重く口を開いた。
「セフィラは、気にしなくて良いことだ」
まるで、もう会えないような言い草だった。ゴーン国からきたアネストたち。もしかして、戻ってしまったのかと思った。
「お礼を言わないと」
あの地獄と思えた世界からアネストたちは救ってくれたのだ。お礼をどうしても言いたかった。出来る事なら、なにかしらお返しが出来たら良いとも思っている。といっても、たかが運搬員のセフィラに出来る事なんて殆どないと分かっているが。
セフィラの言葉を聞いて、さらに渋面をつくるディーン。自分が何か悪い事を言ったのかと思ってしまうほどだった。
「セフィラにとって、あいつらはどういう存在なんだ」
唐突な質問を浴びせかけられ、目をパチクリとする。
――どういう存在?
改めて言われるとよく分からなかった。
セフィラがゴーストだという弱みを握られた関係? いいや違う。
アネストたちのとんでもない目的を聞かせて貰った関係? それも違う。
昔から付き合いのある……それも違う。アネストたちとはまだ一ヶ月と少し程度の付き合いしかない。
なら、どんな関係なのか。
食べる手を止め、まるで迷路に迷い込んだように考え込むセフィラ。
「まだ難しい質問だったか、悪かったな。聞き直すが、あいつらとはずっと一緒に居たいのか?」
ずっと一緒に居たいか? セフィラはその言葉を心に落とし込むと、一つの答えが浮かび上がってきた。
「今までも、これからも、ずっと一緒に居たいと思ってる。でも、アネストさんたちは冒険者だから、その内どこかへ行っちゃうんだろうけど」
「そうなったら寂しいか」
ゆっくりと頷くことで答えを返すセフィラ。ディーンはそんな様子を見て、椅子から立ち上がった。
「明日、冒険者ギルドに行ってみろ。オレはお前の母親から、おまえの事を任された。だが、甘やかす気は無い。自分で答えを出すんだ」
ディーンは出来たサンドイッチをセフィラに手渡すと、家の外に出て行った。帰り際に「後悔だけはしないようにな」と言葉を残して。
冒険者ギルドに来るのは何日振りだろうか。もう何ヶ月も時間が経っているようにも感じる。セフィラは冒険者ギルドの扉をゆっくりと開くと、こっそりと中をのぞき込む。中は相変わらず盛況のようで、受付嬢が依頼を持ってくる冒険者たちをテキパキと裁いていた。
「セフィラ!」
一人の受付嬢が大きな声を上げる。いつも一言多い、いつもの受付嬢の声。その声が涙ぐんでいるよう震えていた。
「えと、た、ただいま、です」
どんな言葉を返したら良いか分からず、自身でもトンチンカンだと思える返答をしてしまう。
「ええ、お帰り。すぐにギルドマスターを呼んでくるわ」
依頼書片手にほっぽり出された冒険者も今日ばかりは文句を言わず、セフィラを見ると笑みを零していた。
いつもなら『冒険者殺し』と言われて、避けられていたのに。いきなりの態度の変化に少したじろぐセフィラだった。
「もう体はよろしいのですか」
開口一番、体の調子を心配してくれるギルドマスター。この冒険者ギルドに運搬員として登録して以来、数度しか会ったことがなかったけれど、素直に嬉しく思った。
「はい。仕事も、もう復帰出来ると思います」
「あんな事があったのだ。まだ無理をするのは関心しませんね」
「でも、生活がかかってますから」
「ふむ」
運搬員としての固定給でギリギリの生活なのだ。先日、アネストたちから臨時収入を得ていなければ、進行形でその日に食べる物にも困る状態になっていただろう。
「あっ」
周りの予想外の反応に、ついつい本当の目的を忘れそうになってしまった。セフィラは冒険者ギルドを見渡し、目的の人たちがいないか探す。
「今日は、アネストさんたちは来てないんですか」
「ゴーン国の冒険者たちだね。彼らは、とあるダンジョンの攻略中だよ」
セフィラは良かったと思った。アネストたちがまだこのディザイアにいるということは、戻ってきたらお礼を言えるのだから。
笑みを浮かべ、安堵するセフィラは気付かなかった。そんなセフィラの様子を苦しそうな表情でギルドマスターが見つめていることを。
定位置の席に座り、足をぷらぷらさせながら暇を弄ぶ。相変わらずセフィラに依頼をする冒険者はいないが、それでもただ待っている時間というのは、とても幸せな時間に感じられた。
夕方になり、冒険者たちが町に帰ってくる。冒険者ギルドの中はいつも以上の熱気に包まれたように感じられ、セフィラは少し落ち着かなくなってくる。
人混みに視界を遮られる中、受付嬢に言い寄る冒険者の声が聞こえる。初めは受付嬢を食事に誘うとしていたが、にべもなく断られていると諦めたのか、世間話を始めた。
やれ、どこの冒険者がへまして大怪我をした。やれ、薬草の採取場所が素人どもに荒らされて、しばらく使えそうにないなど。受付嬢は慣れたもので、話を聞き流しながら手続きを進めていく。
「ああ……あと、あいつらどうなったんだろうな。封印指定のダンジョンに挑んでいる他国の冒険者だよ」
――今、あの冒険者はなんて言った?
冒険者ギルド内のざわめきが一瞬で収まる。何が起こったのか、当事者の冒険者は異常な反応を示した周囲を伺い、セフィラが居ることに今更ながらに気付いた。
口を半開きにし、挙動不審になる冒険者。セフィラは他国の冒険者を、ここ三年間、ディザイアで運搬員をしてきて一組しか知らない。
――封印指定のダンジョン? そこにアネストさんたちが潜っているの?
封印指定。このルシア国でただ一カ所それに当てはまるダンジョンがある。名前は知らないが、数年前に封印されたダンジョンのはずだった。
セフィラは席を勢いよく立つと、口を滑らせた冒険者の元へ駆け寄る。まるで大人と子供が対峙しているような格好だが、セフィラに気圧されるように冒険者は後ろに下がった。
「アネストさんたちが封印指定のダンジョンを攻略してるんですか!」
「し、知らねえよ。冒険者ギルドと冒険者は互いに不干渉だろ。そんなに知りたいなら冒険者ギルドの誰かに聞けよ」
失言した責任をとらず、逃げようとする冒険者。
だが、冒険者ギルドと冒険者が有事以外は不干渉なのは知っている。
セフィラは直ぐ側の受付嬢に視線を送るが、首を横に振られてしまう。
「な、なんで!」
「ギルドマスターの命令ですので」
冒険者ギルドの奥を睨むが、ギルドマスターの姿は見えない。少し前までいたというのに、いまではその姿が果てしなく遠い。一介の運搬員では、ギルドマスターを呼び出すなんて出来ないし、事務所への立ち入りも許可されていない。
セフィラは冒険者ギルドから走って立ち去った。あとに残された口の軽い冒険者は、周囲の人間全てに軽蔑の視線を送られていた。
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