第24話 末路

 テッドは冒険者ギルドの地下にある独房に入れられていた。テッドは独房の隅に固まり、ずっと体を震わせている。自分が、己こそがルシア国の王都ディザイアでトップクラスの冒険者だと自負を持っていた。だが、そんなものは一瞬で粉々に砕かれてしまった。


 生かされたのではない。殺されなかっただけだ。その気だったら、他の格下の冒険者達と同じように一瞬で殺されていたに違いない。ガキの運搬員にそれだけあいつらが執着していたからこそ、テッドは自身が生きているのだと実感していた。


「オレは、死刑になるのか」

「知らんよ。知らんが、お前が置き去りにしてきた運搬員が無事に戻る事を願うんだな。罪が軽くなるのはあるが、もし最悪の事態になったら、オレ達じゃあの冒険者は止められないぞ」


 檻の見張りをしている衛士がそっけなく答える。

 元々テッドの評判は良くなかった。実力があるとうことでお目こぼしをされていたに過ぎない。だが、今回の件はやり過ぎた。死人も多く出過ぎた。冒険者ギルドは基本、冒険者同士の諍いには口を挟まないが、今回はギルド職員の運搬員が関わっている。悪しき前例を作らないためにも、冒険者ギルドは厳罰を与える方向で動いていた。

 上の階が騒がしくなる。耳を澄ませば「運搬員が……」「コボルトの洞窟が……」と端切れになった言葉が聞こえてくる。


「良かったな。最悪なことにならなかったようで。だからといって、軽い罰になるとは思わないことだ」

「あのガキ……生きて戻ってきたのか。オレがこんな目にあってるのに、生きてるなんて許せねぇ」

「どうしようも無いクズだな。その発言、しっかりとギルドマスターに報告させてもらうぞ」


 テッドは天井を見上げ、震える体を止めようと爪が食い込むほどに自らの体を抱いていた。




 セフィラは街に帰るまで意識を失っていたままだった。行きと違い帰りはアネストがセフィラと二人乗りしたのだから、戻るのに一日多くかかってしまった。

 いくらリーンに怪我を治してもらったとはいえ、三日間も寝たきりだったのだ。元から肉付きの良くなかったセフィラの体はさらに細くなり、三人も引きづられて焦燥するようだった。


 街についてまずは冒険者ギルドに戻ったアネスト。すぐに受付嬢がギルドマスターを呼びに行き、セフィラの救出について深く感謝されることとなった。

 セフィラの事を心配していた冒険者たちなのか、今まで見たことのない顔ぶれが集まっていた。その騒ぎに意識を揺さぶられたのか、冒険者ギルドの何時もの長椅子でセフィラは目を覚ました。

 セフィラが目を覚ましたことで、久方ぶりの安堵を感じたアネストだったが、セフィラがすぐさま狂乱じみたことで再び狼狽える。

 今はリーンが「大丈夫、大丈夫」と声をかけながら胸に抱き寄せている。他の冒険者たちはセフィラを刺激しないように少し離れた所から見守っていた。


「それで、セフィラがいたのはコボルトの洞窟だったのだね」

「ああ。アイツが持ってきた三つの失敗依頼。あれは全部フェイクだった」

「ふむ。そこまで性根が腐っている者を、いくら高位冒険者だからといって重宝していたことは私の責任だ。この件は風帝竜さまへも報告する。これからの冒険者ギルドの運営に関わる事だからね」


 暗にこれ以上は手を出すなと言われたようで、はらわたが煮えくりかえりそうになるアネストだが、視界の端で震えながらリーンに抱かれるセフィラの姿を見たら、どうでも良くなってしまった。


 ――救えて良かった。


 心からの感情だった。だが、持ってはいけない感情だと理性が歯止めをかける。アネストは首を大きく振り、感情と理性のせめぎ合いを吹き飛ばす。


「ふむ。納得出来ないのは分かるがね」


 その行動をギルドマスターの言葉への反発と捉えたのだろう。困ったようにギルドマスターは唸り声を上げた。


「いや、いい。テッドの件はあんたらに全て任せるよ」

「む? そうか。せめて君たちの不利益になるようなことにはならないことを誓っておこう」

「助かる」


 セフィラの事をしっている冒険者から情報を得られた。セフィラはスラム街に一人暮らしという事だった。


「私たちの宿でしばらく一緒に過ごしましょう」


 リーンが声を上げる。アネストとローウェンで一部屋。リーンで一部屋を取っている。どちらも二人部屋なので、セフィラを預かることは出来る。

 アネストもローウェンも問題ないと頷くが、肝心のセフィラが先程のリーンと同じく「大丈夫、大丈夫だから」と同じ意味にとれない言葉を呟いて拒絶してきた。


 見るからに消耗しているセフィラを一人にさせることは出来ない。だからといって本人の意志を無視するわけにはいかない。どうしたら良いかと三人が考えていると、聞いたことがある声がかかった。


「嬢ちゃんの身柄はオレが預かるよ」


 それは、スラム街で道具屋を営んでいるディーンだった。ディーンはセフィラの側にかがみ込むと、残った右腕で頭をワシワシと荒く撫でる。


「セフィラ、よく帰って来たな」

「おじさん。わたし……わたし……」


 今まで、涙を見せたことのなかったセフィラが初めて大粒の涙を流し、泣き声をあげる。

 リーンから離れ、ディーンの腕の中でしゃくり上げるセフィラ。その光景だけで、三人はもう口に出す言葉が無くなってしまった。


「セフィラとは小さい頃からの付き合いだ。安心して任せて欲しい」


 道具屋の店主とは思えない覇気。そこらの冒険者に出せる存在感ではない。くやしいと思いながらも、アネストはセフィラの事を考え、ディーンに後の事を任せるのだった。


 セフィラは救った。信頼できる者に預けた。なら、後は――。


 風帝竜ルシアとの約束である『亜竜の巣』の攻略だけだ。

 心の中にほんの少しのしこりを残して、アネストたちは亜竜の巣へと旅立った。

 そこには、運搬員の姿は居なかった。

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