第23話 生還
アネストたちは、裏口からダンジョンに入ると、地図と照らし合わせて何処にいるのか確認する。
「アネスト、どうするのだ」
それは、どうやってこの広大なダンジョンからセフィラを探すのかということだ。
「それについては、一つ考えている」
リーンが松明の準備をしている間に、ローウェンと今後の方針を決める。アネストたちがやることは簡単だ。セフィラが見つからないなら、セフィラに見つけて貰えればいいのだと。
セフィラに見つけて貰うにはどうするか。そんなことは簡単だ。ダンジョン内のコボルトというコボルトを見つけ次第、皆殺しにしていけばいいだけだ。
コボルトは集落をつくって生活する習性がある。一匹のコボルトを見つければ、芋づる式に複数のコボルトが見つかるのだ。それを狩る。
コボルトを減らせばセフィラへの危険も減るし、一石二鳥の策になる。
「ふむ。すこしは頭が回ってきたようであるな」
「悪かったな、取り乱して」
「珍しいものが見れて、興味深くはあったな」
「二人とも、遊んでないで受け取って」
リーンから松明をそれぞれ受け取った二人。火を使った松明ではなく、魔石をつかった魔道具の松明だ。魔力を込めれば込めるほど明るさと持続時間が増す、なかなか値の張る一品だった。
「普通の松明じゃ、セフィラが警戒して寄ってこないかもしれないでしょ」
洞窟に住む知恵ある魔獣は火を使う。ここのコボルトが松明を使うようなタイプだった場合を考えてのことだった。
「私だってセフィラのことが心配なんだから」
竜神官として誰か一人の肩入れするようなことは教義からよしとしないリーン。ダンジョン内では誰も聞いてないとふんでか、少し拗ねたように本音を零した。
「そうだよな。よし、みんなでセフィラを助けるぞ」
リーンにコボルトの集落がありそうな場所を探してもらい、手当たり次第に殲滅していく。
コボルトの洞窟は階層型のダンジョンだ。ゲートキーパーはダンジョンの最深部に鎮座し、ゲートから出てきた侵略者のコボルトが、ダンジョン内を奴らにとって快適な空間に作り替えていく。
「ここで三つ目か」
一つ目のフロアで目に付く限りの集落は全て潰した。アネストたちは下への階層へと降り、繰り返しコボルトの殲滅を開始する。
「アネスト、飛ばしすぎだ。いざとなったときに、力が残っていない状況になるのである」
会敵一番、スキルでコボルトを毎度薙ぎ払うアネストにローウェンが忠告する。
「そんなこと言っている状況じゃ!」
「折角下がった血を、また頭に上らせるなと言っているのだ。次は私がやる。交代でスキルを使っていけば、休める時間もできるである」
洞窟という狭所ではローウェンのような広範囲の魔法は有効だ。さすがに死の森同様、別の意味で炎系は使えないが、ローウェンは風を巧みに操りコボルトに攻撃を仕掛ける。
初めはそよ風。それが目を開けられないほどの轟風となり、ついには風自体がコボルト達に襲いかかり体を細切れにしていく。物陰などにのこったコボルトを、氷の矢で仕留めていけば殲滅までほんの数十秒だった。
「セフィラがいたらどうするんだよ」
「お前がそれをいうのであるか」
普段より気の短くなっている二人を宥めるリーン。結局は、ローウェンもアネストと対して変わらない心境のようだった。
「セフィラは私たちが近付けば、スキルの力で分かるはずよ。アネストの絶対不変『アキレウス』も使えるでしょうから、大丈夫よ」
リーンが浮かべる笑顔はぎこちなく、リーン自身も冷静では無いと暗に語っていた。だが、そのことについて二人は何も言わない。まるで自分自身を見ているようで、心が少し冷静になっていくようだったからだ。
「少しだけ休憩して、次の階層へいく」
アネストが腰を下ろし、体を休める。逸る気持ちと相反する行動だが、ダンジョン内では平静を無くしたものから、呑まれていく。それは高位冒険者のアネストたちでも例外では無かった。
どこで間違ったのか。辿り着いた場所は見覚えのある下の階層への階段ではなく、比較的大きな広場だった。そこでは、コボルトたちが思い思いに生活しているようだったが、セフィラという異物を見つけた瞬間、狂気の塊となって押し寄せてきた。
先程の通路で出会ったコボルトも騒ぎに気付いたのか、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえる。
とたんに充満する獣臭。
セフィラは急いで通路を戻り、横道に逸れると肺が張り裂けそうになるほど走り続けた。
通路の分かれ道に印を付ける余裕もない。少しでも獣臭のしない、音のしない方向へ走って走って走り続ける。
心臓の鼓動が全身を駆け巡り、体の力を奪っていく。最初は力を与えてくれた鼓動も、ある一線を境に休め休めと訴えてくるようだった。
もう何処をどう走ったか分からない。それでも、一心不乱に走り続けたセフィラは、行き止まりの通路に入ってしまった。戻るにはもう遅い。後ろからコボルト達の走る音が反響してくるのだから。
コボルトは人型の狼の姿の通り、非常に鼻が効く。直にこの場所へコボルト達が殺到してくるだろう。
大きく息を吸って吐いて……呼吸を整えながら、セフィラは胸に抱くみすぼらしい骨のナイフを片手に持って構えた。
異質な音に最初に気付いたのはローウェンだった。ローウェンはエルフと人間のハーフであり、耳は普通の人間より遥かに良い。そのローウェンの耳が戦闘音らしき音を捉えたのだ。
「アネスト、こっちである」
本来なら後衛のローウェンに前衛を任せるなんてことはしない。でも、今だけは目的の為にローウェンに危険が降り注ごうとも、先頭を任せる。
途中途中で出会ったコボルトは、一瞬のうちに細切れにされ、見向きもされない。
ローウェンの耳は下の階層を捉えていた。
「この下の階層で戦闘音が聞こえていたのである」
聞こえているではなく、聞こえていた。それは既に終わっているということだ。
アネストは直ぐに階段を降りていき、周囲の気配を探る。気配はちりぢりになっていくつか感じられるが、多分コボルトだろう。それよりも気になったのが、上の階層に向かって流れてくる風に、血臭が混ざっていたことだ。
「ローウェン、リーン!」
アネストに続いて降りてきた二人に声をかける。二人とも直ぐにアネストの言いたい事が伝わったようで、表情を曇らせる。
「この階層で動けなくなっても良い、全力で探すぞ」
今までの温存はかなぐり捨て、全力で通路を走り、手当たり次第にコボルトを葬っていく。コボルトの攻撃も致命傷になるような攻撃以外は全て無視し、怪我をしながら進んでいく。リーンはそんな二人の怪我を治すでもなく、自身に残されたスキルの余力を誰に使うべきか理解し、温存していた。
途中、明らかにコボルトの集落がある様子なのに、コボルトが一匹もいない広場を見つけた。先程までコボルトが居たのは臭いでわかる。なら、ここのコボルトは何処へ行ったのか。
考えるまでもなかった。獲物を追っていったのだ。
「ローウェン、戦闘音は聞こえないか」
「そうであるな、先程から静かなものである。だが、この階層だったのは間違いないのである」
地図を広げ、今の居場所を確認する。中階層にさしかかる場所となり、フロア自体の広さはそこまで大きくない。アネストは虱潰しに探す方針を固め、全ての通路と広場を踏破しに走り出した。
いくつもの集落とコボルト達の斥候を倒した時、アネストたちが通っていない通路の先から血の臭いがした。
背筋に悪寒が走りながらも、先の様子を伺うと大量のコボルトが喉や心臓の急所を貫かれて、切り裂かれて死んでいた。そして、その奥――。
「セフィラ!」
生きているのが不思議な位に、血で体を染めたセフィラが地面に横たわっていた。アネストはすぐにセフィラを抱き起こすと、呼吸の確認をする。
――生きている。
「リーン!」
リーンにセフィラの治療を任せて、アネストは他にコボルトがいないか周りの様子を伺う。
「もう、いないようであるな。しかしれこれは、通りがかりの冒険者がやったのであるか」
コボルトの骸は十や二十では到底きかない。下手をすれば三桁に上るかも知れない。これだけのコボルトに追われて、セフィラが無事だったのだ。通りがかりの冒険者には感謝してもしきれない。
「大丈夫よ。スキルが効いたわ。怪我をしてからそんなに時間は経ってないみたい。でもひどい、ここまでの怪我をするなんて」
セフィラが負っていた怪我は、裂傷や打撲だけではない。どうやったらこんな怪我をするのか不思議としか言えない怪我をしていた。両手両脚の腱も断裂しかかっているた。
「もしかしたら、テッドに痛めつけられて置いて行かれたのかも」
リーンの憶測を聞いたアネストが、歯を食いしばる。もしコボルトの洞窟にセフィラが居なかった時の為、保険で生かして置いたが、あの時そのまま――。
「アネスト。リーンの言葉は憶測である。セフィラが生きているということは、奴はもう逃げられないのである」
だから、短慮に走るな。そんな言葉が最後、アネストの耳に届いた気がした。
「治療は終わったけど、セフィラが起きる気配は無いわね。怪我は治せても体力は戻せないから、相当疲労しているんだと思うわ」
一番体力があるからという理由で、アネストはセフィラを背負った。いつぞやの森の中で受けた重さは一切無く、まるで幼子のように軽く感じられた。
「戻ろう」
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