第572話 片付く

「じゃあ、行ってくるね」


 自由に動けるというから、それだったら空を飛ぶタイプの《虫の魔物》……ワスプ風に言うなら《蟲兵》を倒してくれないかという話をした.

 蜥蜴人たちの中にも、たまに背中に翼が生えて飛ぶタイプの者がいるのだが、数がかなり少ないようで苦戦していた。

 冒険者は術を使えば飛び道具になるので、当然、ある程度戦えるが、それでもやはり数の問題がある。

 そこに縦横無尽に空を駆け回れるワスプが加勢すれば心強いかと思われるが、問題は……。


「ありがたいが、大丈夫か? 今のところ誰にもお前が俺と契約したことを知らないから、狙われる可能性が高いぞ」


 それがあった。

 誰かに伝えればいいのだが、それにしてもこの戦場で即座に全員に情報共有を図るのは難しい。

 冒険者に近づくたびに、あの蜂っぽい奴は俺が味方にしたと言って伝えていくつもりだが、それでも危険なことには変わりない。

 一応、補助術で多少の隠匿はかけるが、本職が隠匿系というわけでもないワスプに対する効果は微々たるものだ。

 しかし、ワスプは言う。


「大丈夫だよ。君みたいに速い人はいないみたいだし、いたらちゃんと仲間になったって説明すれば多少はなんとかなると思うし」


「そうか? いや、でも今まで《蟲族》が会話に応じたって例はほとんどないし、話せばみんな耳を傾けるか。どうしようも無くなったら逃げに徹しろよ。いいな」


「意外に過保護だね? 元は敵なんだから消耗品として気にしなければ良いのに」


「もう仲間だろ。気をつけて行けよ」


「なんだか心地いいな。せいぜい頑張るよ……じゃあ、またね」


 そう言って、微笑みながら飛んでいったワスプだった。

 ワスプが頑張っているおかげか、そこからは空中からの攻撃がかなり減って、どんどん戦況がこちらに傾いていった。

 地上戦力という意味ではどうやらこちらの方が強力だったらしい.

 一度傾いた天秤が向こう側に偏ることはもはやなく、そのまま俺たちは奴らを追い返すことに成功したのだった。

 それから改めて、俺はワスプを冒険者たちに紹介した。

 勝鬨を上げる蜥蜴人兵士たちとは別の場所に集まって、色々と情報交換している中でだ。

 実のところ、砦の中に入ろうとしたのだが、妙な壁があって入れず、しばらく待つことになったが故の行動だった。

 みんなはワスプを見て驚いていたが、


「そういうイベントってことか? それならありえなくもないか? 他の迷宮でも従魔に偏って出現する迷宮とかあるし、そういう感じかもしれんな」


 とかそんなことを話して納得していた。

 厳密に言うと、契約を結んではいるが、従魔ではないので霙なんかとはまた別枠な気がするが、やっていることは近いからなんとも説明しにくい。

 俺がオリジンだからできたことだが、それも語れないしな。

 従魔系なら《蟲王》の支配というのをオリジンの力なしにでも可能なのだろうか?

 分からないが、そういう例が出てきてほしいと心から願った俺だった。

 そうじゃないと、俺の特異性が目立つからな……今更かもしれないけれど。

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