第570話 体

「ええと、確かこの辺に……」


 襲いかかってくる《虫の魔物》を蹴散らしながら、先ほどワスプの首を切り落とした地点まで急いだ俺だった。

 道中見る限り、蜥蜴人族の兵士たちはかなり戦えており、戦況はむしろこちらが押しているように見えた。

 まぁ、俺以外の冒険者たちが奮戦しているのが大きいけどな。

 やはり高位冒険者ばかりだからか、戦っていて危なげがないのだ。

 この調子なら、全て押し返せるかもしれない。


「あ、あったあった。あれだよ、創」


 俺に腰から紐で吊るされながらブラブラと周囲を見ていたワスプがそう言った。

 生首を腰に吊り下げてるなんてどんな猟奇的な人間なんだって感じだが、他に運搬方法もない。

 手に持って運ぶと戦えないし、このやり方以外になかった。

 侍の末裔である日本人としては、首狩族でもあるのだからむしろ血筋的にはおかしくないのかもしれないが。

 おっと、そんなことはどうでもいいか。 

 それよりワスプの体だ。

 

「……うわ、まだ動いてるぞ、これ」


 そこにはしっかりとカラフルな、というか黄色と黒の警戒色をしているワスプの体があった。

 よく見ると、体がその色、というわけではなくて服だな、これ。

 まぁ《蟲族》とはいえ、人間のような体型をしているのだかから、服くらい着るか。

 ただ、衣服を身につけていない場所にも固い甲殻じみた部分があったりと、やはり人間とは違う生き物なのだな、というのは感じるが。

 腰にぶら下げたワスプの頭部だって、触覚みたいなのがあるし。

 

「そんな気持ち悪がらないでよ。体なんだから動くのは当然でしょ?」


「いや、普通の生き物の体は首を落とされればそこで動きを止めるものだと思うけど」


「僕らはむしろ、動く方が多いからなぁ……じゃないとくっつけても治らないじゃないか」


「普通は治らないんだよ……あぁ、そうだ。それでお前の首をこれにくっ付ければいいわけか?」


 本来の目的を忘れてはならないと思い、そう尋ねると、ワスプは言った。


「そうそう。でもその前に僕の体に魔力を流して。さっき僕にやったみたいにさ。ちょうど傷口もあるし、そこからならすんなり流れるよ」


「傷口っていうか……首を切った跡なんだが……まぁ傷口か……あんまり触りたくないな……」


 触らずとも流せるが、触った方が流れやすい。

 俺は仕方なくそこに触れて、魔力を流し込んでいく。

 すると、先ほどとは違って妙な抵抗を感じた。

 

「なんか魔力流れにくいぞ」


「それは《蟲王》の魔力が染み込んでるからだね。頭の方は少なかったのかも?」


「そういうものなのか……その《蟲王》の魔力ってのは、押し出してしまっていいんだな?」


「当然だよ。一滴でも残ってたら、僕、創の首狙っちゃう可能性があるから全部外に押し出してくれるとありがたいな」


「おっかないなそれは……根性入れるか……」


 かなり気合いを入れないと、それは押し出せなかった。

 重い魔力というか……こんなものに支配されていたのだと思うと、少し可哀想にも思えた。

 ただ、支配する相手が俺に変わっただけのような気もするが……。

 そんなことをワスプに言うと、


「いやいや、創は全然《蟲王》とは違うよ。こんな好きな口を利かせてくれるところからして、全然ね」


 そう言って微笑んだ。

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