第548話 群の迷宮
「創! 来たな」
目黒にある《群の迷宮》の前に来ると、そこで慎が手を挙げて待っていた。
「あぁ、悪い。遅くなったか?」
そう尋ねると、
「いや、俺が早かっただけだ。他の二人はまだ来てないだろ」
そう言った。
他の二人とは、俺の幼馴染かつ慎の恋人である美佳と、この間うちのギルドに入ったばかりの新人メンバーたる初音のことだ。
今日は、初音の能力の底上げのためにここに来たのだ。
《転職の塔》の迷宮についても並行して攻略はしているし、本来だと慎たちも含めて今日はそちらで、というつもりだったのだが、サブイベント関連の問題を見て、少し先延ばしした方がいいということになった。
まぁ、冒険者をやっている以上、絶対的な安全なんて存在しないのだから、気にしすぎかもしれないが、慎たちがいきなり《蟲族》に遭遇して死亡、なんていうのは勘弁してほしいからな。
最低でも初音のステータスを慎たちと同じところまで上げてからでないと怖いというのがある。
そこまで上げれば、初音はそもそも優秀な斥候だ。
たとえ《蟲族》がいたとしても、気づかれる前に逃走する事はできるだろう。
俺と雹菜がやつと出会った時に感じたことだが、あまり察知能力が高いという感じではなかったからな。
もしかしたらあいつがそうだっただけで、他にそういった能力が高いものもいるかもしれないが……。
「あ、二人とも早いね」
そんなことを考えていると、美佳の声が俺たちにかかる。
そちらに二人揃って視線を向けると、初音も彼女の横にいた。
「冒険者は時間厳守が大事だろ」
慎が言うと、
「その割にはデートの時間とか守らないけどね、慎は」
と美佳が返す。
「そ、それは悪かったよ……」
「冗談よ。別に休日くらい細かいこと言わないわ」
「よかった……」
そんな風に二人が話していると、初音が俺の方に近寄ってきて、
「……惚気てる」
「いいんじゃないか? あいつら付き合ってからまだそんなに経ってないし、新婚ほやほや……って新婚じゃないけど」
幼馴染としての時間の方が長すぎて、最初の方は割とぎこちなかった気がする。
こうやって惚気られるくらいになったのはいいことだろうと俺は思う。
そんな風に彼らを見ていると、
「創はああいう風に振る舞わないの? 雹菜さんと」
「俺? 俺はそこまでは……二人でいる時くらいだな」
「どうして?」
純粋な目で尋ねられるとどう答えていいものか迷うが、結局俺は正直に言うことにする。
「外でそんなことしてると周りの目が怖いからだよ。雹菜のファンには熱狂的なのもいるだろ? 普通に一緒にいるだけならマネージャーとかメンバー扱いでそういう視線は飛んで来ないんだよ」
「なるほど、臆病者……」
「節度を守っていると言ってくれ。それより、今日は頑張れそうか?」
話を変えると、初音はギュッと拳を握りながら、
「大丈夫。《豚肉の迷宮》だから、今日はお母さんに食材を取ってくるって言ってある」
そう言った。
《豚肉の迷宮》、これは正式名称ではない通称だ。
正式名称は《群の迷宮》であり、群れを作りやすい魔物が多く出現することでそう言われている。
だが、そういった種の中でも比較的遭遇確率が高いのがオーク系なので、この迷宮はいつの間にやら《豚肉の迷宮》と呼ばれるようになってしまった。
オーク肉はうまいし高級品である。
需要は尽きることがない。
何せ、多くの冒険者が毎日納入しても全く足りないくらいだからな。
普通の豚肉の値段がオーク肉の影響で下がったりしないことからも、分かるだろう。
「一ノ瀬家の食卓の行方はは俺たちが握っていると……じゃあ頑張るか」
「うん」
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