第543話 《虫馬》とは

「《虫馬ちゅうば》? ってなんだ?」


 聞いたこともない単語に俺が首を傾げると、目の前の虫人は渋々といった様子で俺たちに言う。


「《虫馬》は、中型虫魔のうち、騎乗用に適したもののことを言う……馬車など、荷を引くときに使うものも含まれる」


 意外にも正確な説明になるほど、と思いながら、騎乗用になるような《虫の魔物》のことか、と納得する。

 しかし……。


「騎乗用の……色々と《虫の魔物》は倒したが、騎乗用に適したやつなんていたっけ?」


 俺が雹菜にそう言うと、彼女は、


「どれとは断言しかねるけど、どれかはそうだったんでしょうね。あれでしょ、カマキリとかカマドウマっぽい奴らでしょ? ええ、倒したわよ!」


 後者の方は、虫人に対して叫んだ台詞だった。

 それを聞いた虫人は、


「やはり貴様らが……なぜそのようなことをする? 見るにお前たちは……《魔族》だろう。我々、《蟲族ちゅうぞく》と敵対はしていなかったはず」


「確かに私たちは《魔族》なのかもしれないけどね。元々はただの人間よ。分かる? 人間」


 雹菜がそう言った。

 別に相手に情報を与える必要もないかもしれないが……いや、種族的な価値観を知るには悪くない選択かもしれないな。

 俺たちにとって種族というのはよくわからないものだ。

 《転職の塔》で選択できるようになったし、地球にもすでに複数の人間以外の種族が住んでいるが、根本的なところでわかっていないところが多いように思える。

 たとえば、種族同士の関係とかな。

 ここでは《蟲族》と《魔族》それに《蜥蜴人族》の関係とか。

 それを知ることができるならば……。

 雹菜の言葉に《蟲族》の男は反応する。


「人間だと……? あの脆弱で、何の取り柄もない猿か……? それが魔族に……? 馬鹿なことを。どうやってそんなことが出来るというのだ」


 これは……あれだな。

 《種族選択》や《種族進化》を知らない?

 《転職の塔》がなければ俺たちだって知らなかったことだし、おかしくはないが……。

 この世界というか、このフロアに《転職の塔》は存在しないしな。

 

「それを貴方に語る理由はないわね」


 雹菜がそう言うと、《蟲族》の男は、フッと笑い、構える。


「そうか。では捕らえて聞くことにしよう。二人もいるのだ……どちらか壊れても構わんだろう」


 そして、《蟲族》の男は地面を踏み切る。

 早い!

 だが……。


 ──カキィン。


 と、その攻撃は雹菜の細剣に弾かれる。

 《蟲族》の男の攻撃手段は、意外にも素手だ。

 というか、手の部分が人間にはまずあり得ない固い甲殻で覆われており、その部分を武器として扱っている。

 さらに、


「……フンッ!!」


 と、《蟲族》の男の腕を受けた雹菜に、頭突きをしてきた。

 ただの頭突きではない。

 頭にはカブトムシのような長く太いツノがあるのだ。

 あれをそのまま受ければ危険である。

 だから、俺は横合いから剣を振りかぶり、《蟲族》の男の頭部を狙って振り下ろす。

 しかし……。


「……むっ……ふん。ただの雑魚ではなかったか」


 《蟲族》の男は素早く斬撃を感じ取り、後退した。

 冷静な行動だ。

 周囲を見れている。

 ただの《虫の魔物》とは明確に異なる強さを、俺たちは感じた。

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