第529話 遺伝

「お母さんは強いぞ!」


「強い!」


 俺の言葉に、そんな事を陽子さんの後ろから言ったのは、初音の弟妹のうちの二人。

 弟二人だった。

 さっきまで樹と慎が相手してくれたっぽいが、こっちが気になって戻ってきたらしい。


「そうなのか?」


 俺がそう尋ねると、弟のうちの一人……背の高い方が言う。


「うん。俺たちにも戦い方、教えてくれる!」


「へぇ……君たちにもか。じゃあ将来は初音みたいになるのか?」


 これには二人とも、


「なりたい!」


「なる!」


 と答える。

 陽子さんが、


「いえ、そこまで考えて教えてるわけじゃないんですけど、ただの遊びで……とはいえ、生兵法はケガの元ですから、適当に教えてるわけでもないのですけど……」


 そう言う。

 これに初音がちょっと暗い瞳で、


「……お母さんの訓練は厳しい。甘えが許されない……」


 と呟いた。

 何やらトラウマがあるのかも知れなかった。

 その割には弟二人は元気そうだが。

 

「どんな訓練してるか気になるな」


 そう言った俺に初音が、


「最初はかくれんぼから」


 と言う。

 なるほど、隠蔽系が得意だもんな。

 さっきアーツとか言ってたし。

 でもアーツって最近発見されたものだが、少し前の世代の冒険者であるだろう陽子さんがなぜ……。

 まぁ今はいいか。


「かくれんぼの次は?」


「闇術か、風術を教えてくれる。私はどっちも使えるけど、弟と妹たちは、どっちかに偏ってる」


「陽子さんも万能型なのか……」


 一家揃って。

 まぁ冒険者の才能は一部遺伝するのでありうる事だが。

 

「じゃあ一ノ瀬家は将来安泰だな、みんな……」


「でも私は、みんなには冒険者になってほしくない」


「なぜ?」


 って聞かなくても分かるけどな。

 危険だからだ。


「危ないことするのは私一人で十分」


「そうだな……でもあんまり初音の弟妹たちは納得してなさそうだが」


 初音の言葉を聞いた彼女の弟妹たちは、少し不服そうな表情をしている。

 初音はそれを見て少し笑って、


「……なんだか、私、憧れられてる。嬉しいけど、複雑……」


 そう言った。

 これに陽子さんが、


「初音はみんなのために、迷宮で頑張ってくれてるの、みんなわかってるから……。もしもみんなが冒険者に本当になる日が来ても、止めないであげて。それは初音のこと、みんな好きなだけだから」


 と言う。


「でも……」


「確かに迷宮は危ないところだけどね。でも私にとっては、貴方達のお父さんと出会った場所でもあるの。それに、もしも冒険者になることになっても、無理なことをして死んでしまわないように、しっかりと教えているもの……初音、貴女と同じように」


「むぅ」


 流石に同じと言われると反論も浮かばないようだった。

 いや、浮かんでいるのかもしれないが、言ったところで、ということだろう。

 

「まぁ、それでもだいぶ遠い話よ。十年後くらいのことよね。その時までにたとえば、迷宮がこの世からなくなっていたりする可能性もゼロじゃないし……それに初音、貴女がもっと強くなって、みんなのこと、鍛えてあげられればいいじゃない?」


 ここまで言われたら流石の初音も諦めたようで、


「……仕方ない。そうする」


 そう言ったのだった。

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