第521話 契約条件
「一ノ瀬初音……です」
初音がそう名乗る、と
「白宮雹菜です。よろしくね」
そう言った。
初音はそんな雹菜の手をおずおずと握って、
「……よろしくお願い……します」
そう言った。
雹菜はそんな初音に、
「うーん? 話しにくいなら、さっき創にしてたような喋り方でもいいのよ? 私も敬語とかない方が楽だし。ギルドメンバーたちもまぁ誰も敬語なんて使ってないしね。事務員さんたち相手だとまた違うけど」
そう言った。
初音が喋りにくそうなことに気づいたのだろう。
「でも……」
初音が迷ったようにそう言ったが、雹菜は首を横に振る。
「あんまり難しく考えなくていいのよ。そもそも冒険者は多くが舐められないように振る舞うしね……取引相手の企業とかそういう相手にちゃんとしてればいいわ」
「取引相手……あれ、私、ギルドに入れてくれる……んですか?」
「おっと、話を進めすぎたかしら。初音はうちのギルドに入りたいのよね?」
「うん……創が勧めてくれた。事情を聞いて」
「事情?」
そこから初音は迷宮で俺にしてくれたような勤労少女としての生活などを話す。
すると雹菜は、
「随分苦労してるのね……そういうことなら、尚更歓迎よ。うち、実は斥候系いないからね。みんな幸いにして優秀だから、基本的な依頼じゃ自分で斥候の仕事も出来る人ばかり、というのが大きいけど」
そう言った。
「じゃあ、私、いらない?」
少し心細げにそう言う初音。
けれど雹菜は首を横に振り、初音の方をポンと叩いて言う。
「そんなことはないわ。来てくれるなら、これほどありがたいことはないわよ。そもそも斥候系ってどこでも求めてるから、中々勧誘のチャンスないのよね……」
「そうなの?」
「そうなのよ。腕のいいのは大抵大規模ギルドにいるし、一から育ててるようなのは、昔ながらの仲間と一緒に研鑽して行って、そのまま成長して行って、一緒に同じギルドでって言うのが大半だしね。フリーの斥候系って珍しいのよ?」
「知らなかった……」
「運が良かったわね。無理矢理おかしなギルドに加入させられる可能性もあるから。あぁ、うちがそうかもしれないけどね?」
くすり、と笑う雹菜。
まぁ……おかしなギルド、と言うのは間違いではないか?
その大半を俺が担ってしまっていて申し訳ないが。
雹菜の言葉を冗談と捉えたらしく、初音も微笑み、
「ううん。雹菜……さんのことは知ってる。よくテレビで見てる。いい人」
そう言った。
「あら、嬉しいことを言うわね。そんなにいい人のつもりはないんだけど……優秀な冒険者には、それに見合った扱いを約束するのは間違いないわ」
「私、優秀?」
「私から見る限りは、結構なものね。挙動や身のこなしは、斥候系の高位冒険者に近いところがある。もちろん、ランクを考えればまだまだだと思うけど……D級昇格試験で知り合ったのよね?」
これは俺に対する質問だな。
俺は頷いて言う。
「あぁ、ひょんなことで話してな。で、協力して課題をこなしてきた」
「やっぱりね。でもそういうことならうちのギルメンの恩人でもあることになるわね」
「そんな、助けられたのは私の方」
「じゃあお互い様ってことで……あ、そうだ。肝心の待遇なんだけど……」
そして細かな条件を雹菜が初音に語り、初音は真剣な表情でそれを聞く。
最後に契約書を部屋の机から取り出してきて、
「もし、異存がなければここにサインと判子を。もちろん、この場でとは言わないわ。家に帰って、よく読んで、よく考えてからで大丈夫。わかりにくい条項とかあるかもしれないから、弁護士とかも紹介出来るけどどうする?」
「ううん、大丈夫。信用する」
「あんまり信用し過ぎることはないわよ。対等なんだから」
「……でも、信用する」
「真面目ね。分かったわ。でも後でもう一度読み直して、それからサインするか決めてね」
「うん……あ、そういえば少し気になったことがある」
「何かしら?」
なんでも答えるわよ、という表情で雹菜が尋ねると、初音は最後に意外な事を言った。
「もしかして……二人って、付き合ってる?」
……そうきたか。
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