第520話 試験後

 周囲を見てみると、試験責任者のその言葉に、顔を青くしている者は少なからずいた。

 おそらくだが、最後の迷宮入り口のところにいた連中は全員失敗していても、他の場所で成功して何食わぬ顔でここにいる者がいるからだろうな。

 流石に強奪してしまえば、他人に危害を加えなかったとは言い様がない。

 そんな奴を昇格なんてさせるべきではない。

 当然の話なのだが……引っかかった、と思ってしまうのも仕方の無い言い方だったからかわいそうと言えばかわいそうか?

 いや、そもそも人から奪おうという奴を擁護すべきでは無いか。

 俺はこのことに気づいていたのか、と言われると、あの言い方だと何やってもいいんだろな、と思ってしまっていた口だ。

 ただ元々誰かから奪って合格しようなんてつもりはなかったから、引っかかることも無かった、というだけで。

 見抜けなかったことに自分の不覚を感じる。


「……まぁ、規則については忘れていたとしても、人間として当然そんなことはしない、という倫理観さえ持ってればそれで良かったんだがな。今回やらかしたと思ってる奴は、まず心を鍛えることだ。いいな?」


 責任者がそう言って、文句を言おうと立ち上がろうとしていたと思しき奴らもがっくりと座り込んだ。

 反論も出来ないとはこのことだろう。


「さて、質問はこんなところか。もうないか? ……よし。では、これで昇格試験を終了とする!」


 責任者がそう言うと、みんな立ち上がり、そしてホールを出て行ったのだった。


 *****


「……初音。この後時間あるか?」


 俺は初音にそう尋ねる。

 

「どうして?」


「いや、紹介するって話だったろ。うちのギルド。可能なら早い方がいいかと思って」


「もう、夜。まだギルド開いてる?」


 首を傾げる初音。

 どういう意味かというと、多くのギルトは受付とかの営業時間、普通に九時五時のお役所対応だからな。

 もう五時は過ぎてるからしまってるのでは、ということだろう。

 しかしうちのギルドはそんなに大規模なギルドじゃ無いから、その辺は大雑把だ。


「まぁ確かに受付とかの営業時間は過ぎてるが、本部じゃ無くて支部の方に行くからな。雹菜ならまだ仕事をしてるだろうし」


「……雹菜さんに会いに行くの?」


「嫌か?」


「ううん。でも、有名人。そんなに簡単に会えるの?」


「問題ない。うちは本当に小さいギルドだからな……。友達同士でやってるみたいな感じだ。まぁもちろん、ちゃんとメリハリはつけてるけど、堅苦しくは無い。居心地も良いと思うぞ」


「そうなんだ……うん。じゃあ、行く」


「よし」


 ******


 そして《無色の団》五反田支部に辿り着き、執務室に向かう。

 扉を叩くと、


「あら、誰?」


「俺だよ、俺」


「ええと、もしかして孫の……」


「オレオレ詐欺じゃ無いから」


「冗談よ。入って。でもどうしたの、こんな時間に……」


 その言葉の後、扉を開いて中に入る。

 すると、雹菜は俺の後ろから入ってきた初音に目を止めて、


「えっ、まさか浮気!?」


 と言ってくる。


「……こんな正々堂々するやつがどこにいるんだよ……」


「まぁそうよね。ってことは、勧誘でもしてきた? 結構実力ありそうね、その子」


「分かってるなら普通に受け入れてくれよ……」


「ごめんごめん。で、名前は? あぁ、私は白宮雹菜。貴女は?」


 そう言って初音に話しかける。

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