第494話 鎧袖一触

「……あれが《虫の魔物》か。確かにとてもじゃないが意思の疎通なんて出来そうもねぇぜ」


 冗談じみた口調で賀東さんがそう呟いた。

 彼の視線の先……家屋が崩れ落ちている廃村の中を、巨大な虫が歩き回っている。

 あれこそが《虫の魔物》なのだろう。 

 カマキリやカマドウマをそのまま巨大化したようなものが数体いる。

 ただし、普通の虫と明らかに違っているのは大きさだけではなく、魔力も持っていること、そして確かにカマキリやカマドウマに似てはいるにしても、その細かいところは違っている。

 例えば、カマキリの鎌の部分は材質が明らかに金属製のように見えるし、カマドウマの足の先も似たようなものだ。

 ひどく攻撃性を帯びた形状をしていて、容易に近づいていい相手でないことが分かる。

 けれど……。


「まず、俺が行ってみる。話しかけてみるが、襲いかかってきたらそのまま戦闘に入るから、お前らもそれに続いてくれ。いいか?」


 賀東さんがそう言ったので、俺たちは頷いた。

 そして彼は隠れていた藪の中から姿を現し、そのままゆっくりと《虫の魔物》たちの方へと近づいていく。

 《虫の魔物》も賀東さんが姿を現した時点で気付いたようで、その触覚を動かし、無機質な瞳で賀東さんを見つめる。

 何の感情も感じられない視線に、普通は恐怖を感じるところだろが、歴戦の冒険者である賀東さんにはこのようなことなどよくあること、なのだろう。

 特に怯えた様子もなく、奴らの前に立った。

 そして言う。


「……《虫の魔物》たちよ! 俺は賀東! 話し合いが出来る者はいないか!?」


 これで向こうが何かしらの相談などの反応を見せてくれれば、少なくともそういう知性はある、と判断できるのだが、残念ながら、そうはならなかった。

 《虫の魔物》たちはすぐに足に力を入れ、そのまま賀東さんに飛びかかってくる。

 やはり、会話は出来ないらしい。


「チッ」


 と舌打ちして、すぐに武器を抜く賀東さん。

 少し距離を取り、構える。

 俺たちも薮から出て、そちらに走った。


 ただ……そこまで急がなくても大丈夫だったかもしれない

 というのは、賀東さんは構えてすぐに、まずカマキリの魔物へ向かって走り出した。

 そして振り上げる鎌をその大刀で持って切り落としてしまった。

 巨大すぎる鎌を切り落とされたカマキリは大きくバランスを崩す。

 そんな隙を賀東さんが見逃すはずもなく、その首を軽く刎ねてしまった。

 もう一匹残ったカマドウマの方は慌てたように賀東さんに向かうが、その背中に術が叩き込まれる。

 これは世良さんが放ったものだ。

 《炎術》の効きは中々にいいようで、うめくような叫び声のようなものが、カマドウマから盛れる。

 妙に香ばしい匂いがあたりに立ち込めるが、そんなカマドウマの足を全て、影のようなものが切り落とした。

 これは相良さんのスキルだ。

 巨大な体を支える術を失ったカマドウマはそのまま地面に縫い付けられたようになり、それでも這って移動しようとするが、無駄だった。

 雹菜が《氷術》を発動させ、全体を凍りつかせる。

 そして軽く叩くと、カマドウマの全身がそのまま砕け散ってしまった。

 

 その後、もう三体ほど《虫の魔物》が近づいてきたが、いずれも鎧袖一触、という感じで倒し切れてしまう。

 

「……意外に歯ごたえがなかったな?」


 賀東さんがそう言ったが、それは貴方達が強いだけでは、と思った俺だった。 

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