第493話 目的地

「……ここで馬車を降りてください」


 馬車が止まり、御者の蜥蜴人がそう声をかけてきた。

 俺たちがそれに応じて降りると、そこはどこかの街道と思しき場所だった。


「何もないんだが……?」


 と賀東さんが尋ねると、蜥蜴人が言う。


「ここからは歩きで向かわないとならないので……こちらになります」


 そう言って、歩き出した。

 街道に沿っていない方向に進み出したので不思議に思っていると、よく見れば僅かに道のようなものがそちらにも続いているのが見えた。

 ただし、定期的に使われていない様子で、下草がかなり生えているし、整備されていない。

 どこに向かおうとしているのか。

 気になったのは俺だけでなく、相良さんが尋ねた。


「ここからどこに?」


 すると蜥蜴人は少し悲痛そうな表情で言う。


「……滅びた村に」


「え?」


「この先に、かつて村だった場所があるのです。今はもう廃村なのですが……」


「どうしてそんな場所に?」


「それはもちろん、そこに虫の魔物がいるからです。虫人がいるかどうかは分かりませんが……」


「ということはつまり……」


「ええ、お察しの通り、その村は虫の魔物に滅ぼされたのです。それ以外、そこで繁殖をしているようで……定期的に狩っているのですが、しばらくすると、また数が元に戻ってしまって。どこかに本当の繁殖場所があるのでしょうが、中々調査するにも、今は兵士も数が少なくてなかなか……」


 兵士の数が少ない、というのは最も激戦である前線にその多くが投入されているため、今回向かう廃村くらいの場所を調査するのに回すだけの余裕はない、と言うことらしい。

 王都はかなり平和そうに見えたけれど、あれは見せかけというか、束の間の平和なのかもしれないな。

 ただし、そう言う状況であるため、俺たちの虫の魔物を見たい、という提案にはすぐに答えやすかったのは不幸中の幸いであった、と言う。

 それでも虫人については難しいらしい。


「なぜだ?」


 と賀東さんが尋ねると、兵士は言う。


「虫人はただの虫の魔物と違って、我々のような理性があるのです。そのため、廃村にいつまでも居座るようなことはせず、破壊した時点で目的達成した、とばかりに退いたようです。なので、今回会えるとは……。また他の場所にもいればご案内したいのですが、確実にいると言えるのが最前線なものですから。気軽に行ける場所ではないのです。まだお返事をもらっていないうちにお連れするのもまずい場所なので……」


 なるほど、だいぶ気を遣ってくれているらしい。

 その最前線に行って、王城まで再度戻ってこられるかどうかも謎だしな。

 危険だと言うのならば。

 

「話は分かった。ではとりあえずは虫の魔物を見る……と言うことで。あぁ、そういえば、戦わざるを得ない場合は戦ってもいいのだろうか?」


 賀東さんが尋ねると、兵士は言った。


「それは全く構いません。可能な限り数は減らしたいですから。皆さんがもしも和解などを求めるにしても虫の魔物に関しては本当にただの魔物という感じで……会話などできる存在ではないので、出来れば気づかれたらすぐに倒した方がいいと思います」


「承知した……戦えるのかどうか、腕試しにもいいかもしれねぇしな。あまりにも強いようなら……創、その時は頼む」


 賀東さんがそう言ったのは、とりあえずは素の力でやってみて、厳しそうなら補助を頼むということだろう。

 俺は頷いて、


「分かりました」


 そう言ったのだった。

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