第482話 《転職の塔》の迷宮
迷宮の中に入る時だけ、非常に恐ろしい気分を感じていた。
これは雹菜も同じだろう。
何せ、俺は迷宮に入るとたまに妙な事態が巻き起こるからな。
それでも、トータルで考えると数えるほどでしかないのだが、こういう、初めてその迷宮に入る時、とかそういう場合に起こりやすいのは確かだった。
しかし……。
「……どうやら大丈夫そうね」
俺が迷宮に一歩、足を踏み入れると雹菜はほっとした様子でそう呟いた。
「あぁ。良かったよ……でも、全然安心は出来ないところだけどな。まだ誰も攻略できてないフロアなんだから……」
「ある程度のところまでは《影供》のメンバーが順路を知っているから、そこまではさほど心配入らないはずよ。もちろん、油断は出来ないけどね」
そんな話をしていると、近くにいた世良さんが、
「……何か心配事でもあったんですか?」
と尋ねてくる。
俺はどう答えるべきか迷ったが、これには雹菜が、
「以前、迷宮に入った時に、妙な場所に飛ばされたり、強力なユニークモンスターと戦わさられたりしたことがあったので……」
と真実を話す。
とはいえ、おそらく俺のせい、《オリジン》という称号を持っているから起こったことだ、とは言わなかったが。
そこを話すと色々とややこしくなってしまうからな。
これに世良さんは頷いて、
「なるほど、たまにそういうことがあるって聞きますよね。私は幸いなことにまだ巻き込まれたことはないですが……」
「そうなんですか?」
俺が尋ねると、世良さんは答える。
「ええ。低級冒険者には伝えられてませんが、新しい迷宮や、迷宮の未踏破層に入ると、そういうことがあると聞きます。妙なアナウンスが聞こえたりとか……。ある種の試練だとか言われることもありますが、できれば勘弁してもらいたいところですね」
「それはどうして?」
「必ず、厳しい戦いになるからです。まるで迷宮がちょうどギリギリになるように調整しているかのようなユニークモンスターが出てきたり、迷宮の構造が苦手なタイプのモンスターばかり出るようになったりとかしたこともあったようです」
「それはきついですね……」
「でも、お二人はそういうのに遭ったことがあって、その上で生きているのでしょう? 素晴らしいことですよ」
まぁ、確かにそれはそうなのだが。
というか、ああいうことは割と他の冒険者でもありうることなのか。
ただ、俺の場合《オリジン》という要素に関連した試練が課されるだけで。
迷宮の遊び心なのか?
……いや、むしろ嫌がらせだろうな……。
「おい、そろそろ抜けるぞ」
隊列の最前を進んでいた賀東さんがそう言った。
抜ける、とは入り口から入ってすぐにあった、洞窟通路部分のことだ。
確かに向こう側に少し光が見える。
塔の中なのに、まるで太陽光みたいな自然光が見えているのは何か変な気分がするが、迷宮というのは得てしてそういうものだ。
納得するしかない。
「……おぉ、本当に岩山だらけだ……すごいな」
洞窟から出て、俺はそう感嘆して呟いた。
俺たちが出た洞窟は、周囲にたくさん存在する岩山の一つ、その中腹辺りに存在しているようだった。
そこから、岩山は十や二十では利かないくらいに見えて、地平線まで続いているようだった。
そういう惑星のような感じすらするな
ただ、ここは迷宮だ。
ひたすらに端に向かって歩いていけば、いつかは《壁》に到達することになる。
それを探す気にはならないが。
「……前に来たのと同じ場所に出ているようです。レッサードラゴンが再湧出したのを倒しても、別にここの構造は変わらないようですね。向こうに進みましょう」
相良さんがそう言って、俺たちは再度、歩き出す……。
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