第471話 最後の一手

 私──A級冒険者、相良大智としてはだ。

 

「……まさか、A級に近いと言われているとはいえ、B級にこれほどまでに迫られるとは思ってもみませんでしたよ」


 目の前の相手に思わずそう言わずにはいられなかった。

 そこにいるのは、《無色の団》のギルドリーダーであり、B級冒険者でもある若き女性、白宮雹菜だった。

 ツノが生えて、白目部分は黒く染まっているという、以前見た姿とは似ても似つかない、どことなく邪悪さの感じられる容姿だが……顔立ちにはちゃんと面影がある。

 十代前半からすでに天才の呼び名を欲しいままにしてきた彼女。

 しかしそれでも、A級である私とはまだまだ差があると思っていた。

 だがそれは全くの気のせいだったと言わざるを得ない。


「迫る? 追い詰められるの間違いではないかしら」


 普段とは異なり、タメ口でそう言う彼女には余裕が感じられた。

 礼儀を知らないわけではなく、戦う相手に敬語など使っても仕方がないというだけだろう。

 まして、自分より格下・・には。

 そういうことだ。

 私はまさに、彼女に、自分より本来格下であるはずのB級冒険者に追い詰められているところなのだから。


「……全く、本当に誤算です。一般的な補助術の効果は知っていますが……一流どころが使ってもこうはなりません。いえ、元々の地力がしっかりあってのことなのも勿論理解していますが……」


 本来の、全く補助術などない状態であれば、今でもまだ、私の方に軍配は上がるだろう。

 ただ、今の雹菜相手だと、全くそんなことは言えない。

 それが補助術の力なのは言うまでもなかった。

 彼女から感じられる力……特に速度、それに属性攻撃力、この二つが飛び抜けている。

 どちらも事前にかけた補助術によることも勿論分かっていて、だからこそその辺りについては警戒していたのだが……それでこれだ。

 

「流石に油断していた、とかこれから本気を出す、とか言うの?」


「……いえ、そんな恥ずかしいことは言えません。そもそも油断なんてしていませんでしたから……。実際、私にはもうほとんどうつ手が残っていない」


「それはむしろ、警戒してしまうわね。天下のA級が、切り札一つないなんてこと、あり得ないもの」


「……分かりますか」


「昔から、貴方の活躍は知っているもの。だからこそ……ギルドの崩壊については気の毒に思っているわ」


「同情はいらないのですが……代わりに手加減してくれると言うのなら考えなくもないですけど」


「そんなこと望んでないでしょ? 次が最後ってことでいいわね。本気で行くわよ」


 そう言って雹菜は魔力を練り込み始める。

 すると、彼女の周囲に氷の鎧が形成され、背には翼を模した氷が生まれる。

 さらに空中に何本もの剣や槍までが出現した。

 私はそれを見て、少し驚く。

 

「……なるほど、辿り着くところは皆、似ているのかもしれませんね」


「どういう意味かしら?」


「こういうことですよ……《影鎧》《影剣》《影槍》よ、来れ」


 その瞬間、私の体を影の鎧が包んだ。

 また、鎧には私の自前の腕以外に、四本の新たな影の腕が生まれている。

 そしてそれぞれの手には影により形成された武具が握られているのだ。

 それを見た雹菜は笑い、言う。


「なるほど、似ている、ね。貴方はどこか蜘蛛みたいだけど」


「雹菜さん、貴方は戦乙女のようだ……さぁ、最後の一手です」


「……来い!」


 そして、私と雹菜は、同時に地面を踏み切った。

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