第469話 影

 何本もの氷の槍が相良さんに迫る。

 

 しかし、それだけでやられるほどA級の実力は軽いものではなかった。

 氷の槍の隙間を縫い、また短剣で角度をずらして避けて雹菜との距離を詰めていく。

 少しでもミスをすれば氷の槍は相良さんに容易に致命傷を与えるだろうが、そんなことは起こらなかった。


「……チッ」


 と珍しく雹菜が舌打ちをし、地面に手をつく。

 するとそこから氷の壁がせり上がり、近づこうとしていた相良さんを遮った。

 相良さんはそんな氷の壁に対し、なんと短剣を振りかぶる。

 

「あれで壊す気か」

  

 賀東さんがそう言ったとおり、短剣はそのまま氷の壁に突き刺さり、そしてそこから轟音と立てて崩れ落ちていく。


「あんな短剣で……」


 俺がうめくように言うと、賀東さんは笑って、


「あの短剣も俺の大刀と同じように逸品だが、それだけじゃねぇな……あれを纏ってやがる」


 そう言った。

 確かに見れば、短剣の周囲を薄く黒い闇のようなものが覆っているように見えた。


「あれとは……?」


「あれはおそらく、相良のスキルの一つ《影纏かげまとい》だな。手の内隠したくて滅多に使ってるところは見ないが……雹菜をそれだけの相手だと確信してるんだろ」


「聞いたことの無いスキルですね」


「特殊なスキルみたいだからな。もちろん、スキルは全て誰でも取得できる可能性があるものだが、条件が厳しくてほとんど誰も身につけられてないようなものも沢山ある。場合によっては世界に一人だけ、なんてのも結構あるくらいだ。あれはそういうもののうちの一つなんだろうさ。以前聞いてみたが、取得条件は本人すらもよくわかってないみたいだしな」


「なるほど……それで、どういうスキルなんですか? いえ、答えたらまずいならいいんですけど……」


「いや、お前も手の内見せてくれてるんだし、いいだろ。それにあいつはあれを使って戦っていくつもりと言うのもあってここで見せてるはずだしな。《影纏》はかなり万能のスキルだ。影を自らの身に纏い、防御力や攻撃力を上げることが出来る。霊体なんかの実態を持たない相手にも攻撃が通るようになる上、攻撃力の上昇はもちろんかなりのものだ。それに、影部分に攻撃判定があるから、短剣しか持って無くても、間合いは好きなように伸ばせるらしい。羨ましいスキルだよ」


「それは……とんでもないですね。それにしても、影、ですか。そういう属性なんですかね?」


 属性には地水火風などの分かりやすいものから、雹菜がよく使う氷などの特別なものもある。

 影もまた、そういうもののうちの一つなのか、という質問だった。

 賀東はこれに頷いて、


「あぁ、それは間違いない。影属性自体は、少ないが使う奴がいる。そこにいる二人とかな」


 そう言って、相良さんの連れ……《影供》の残り二人のメンバーを示す。

 

「そうなんですか。じゃあ、二人もあれを?」


「いや、そこの二人は使えないよ。影属性は、本来、それほど強力なスキルは多くない。相手の視界を遮ったり、自分の気配を薄くしたりといった、隠密系に長けた属性でな。直接的な攻撃力防御力の上昇に使えるスキルは、俺が知る限り大智のしか見たことは無い」


「それほどのものですか……」


「俺もあんまり、あいつとマジでは戦いたくないな……」

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