第467話 補助をかける

「……まず《脚力強化Ⅰ》からだな」


 そう言ってから俺は雹菜に補助術……というか、《マグスガルド陣術》をかけていく。

 戦闘中ってわけでもないから、急ぐことはない。

 《マグスガルド陣術》は魔力で陣……紋章のような形を作ると効果を発するという術だが、この紋章をどのような形にするかと、それをどれだけ正確に刻めるかというのが肝だった。

 そのため、他人に刻む時は時間の余裕があれば丁寧にするようにしている。

 まぁ、いくら丁寧にって言っても、急いだら一秒のところを、三秒四秒でやるくらいのレベルだけどな。

 今回は持続時間の指定もあるので、まぁもう少しか。

 三十分かからないという話だったので、三十分にしておく。

 そこまでで、大体五秒くらいだ。

 急いでかける時は持続時間の指定なしになる。

 その場合、どれくらい持続するかは術によって違うが、それもしっかりと記録をとって覚えるようにしている。


「どうだ?」


 俺が雹菜に尋ねると、彼女は足を少し動かしてから頷き、


「うん、問題ないわ。いい感じよ」


 そう答えた。

 まぁいつも使ってるわけだし、そりゃそうなんだが、これは他のメンバーにこの術はこのように問題はありませんよ、とアピールしている部分もある。

 みんなもどんな感じか聞きたいだろうしな。

 俺はそんな雹菜に頷いて、


「じゃあ続けて《氷属性強化Ⅱ》をかけるぞ」


「よろしく」


 ちなみに、ⅠとかⅡとかはどういう基準で名付けたんだ、という話だが、これはほとんどは単純に効果の強さだな。

 元の五割り増しⅠで、二倍がⅡで、という感じである。

 五割り増しなのにⅠってのはわかりにくいかもしれないが、Ⅱは二倍だからいいだろう。

 そもそもなぜ五割り増しをⅠにしたかって、一般の補助術は五割増くらいできる、みたいな話を聞いたからだ。

 実のところ、補助術はうちんギルドでも美佳が使えるが、彼女が精一杯やって三割増しくらいできていたから、本職ならもっといけるんだろうなとどっかで思っていたのもある。

 実際には五割増が最高値、と。

 副業的に補助術を使っているのに三割まですでにできている美佳はかなりの腕ということになるだろうな。

 彼女ならそのうち五割もいけそうだ。

 そんなことを考えつつ、雹菜に《氷属性強化Ⅱ》をかけると、ここでは周囲からさっきと異なる反応を得られる。


「……おいおい、魔力が迸ってやがる。《眼》を持ってない俺にも見えるってことは、相当だぞ……」


「甘く見てたのは私の方だったかもしれませんね、これは……」


 賀東さんと相良さんが少し顔を引き攣らせてそういった。

 《眼》とは、俺や雹菜が持ってる魔力を視認できる才能、目のことだな。

 色々言い方はあるが、冒険者同士だと簡単にそういうことも多い。

 そして、本来《眼》を持たなければ、魔力というのは視認できず、魔力の存在を感じるのは第六感的な感覚でしか無理なのが普通だ。

 けれど今の雹菜からは、確かに凍りつくような青い魔力の迸りが、濃密に噴き上げている。

 ここまで濃い・・と、《眼》がなくとも見えるらしいな。

 

「……ちょっと制御が乱れたわね」


 雹菜がそう言って魔力を操り、引っ込める。

 外に出てしまうのは制御から外れた魔力が多かったから、だな。

 しっかりと制御されると、それはいつも通りに体内にしまわれ、通常の冒険者には見えない状態に戻った。

 雹菜としてはここでも最初から制御しておきたかっただろう。

 その方が、相良さんは油断してくれるだろうから、そしてそうであれば、補助術の力を見せつけるのにおあつらえ向きだからだ。

 ただし、今はもう相良さんにも油断の色は見えない。


「……舐めてくれいいんですよ、相良さん」


 そう言う雹菜に、相良さんは、


「今のを見せられてそうしますとは誰も言えませんよ。全力で挑みます」


 そう言ったのだった。

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