第454話 《初期職転職の間》

 それから、全員で《初期職転職の間》に跳んだ。

 《転職の塔》の仕組みは非常に不思議で、入り口の扉に触れると転移する。

 しかし、必ずしも皆んなが同じ《初期職転職の間》に転移するわけではないのだ。

 まるで最初から、別々の個室が与えられているようにAのパーティーはAの《初期色転職の間》に、BのパーティーはBの《初期職転職の間》に転移することになる。

 しかも、同時にどれだけのパーティーが《初期職転職の間》に飛んだとしても、被ることはないのだ。

 普通に考えれば膨大な土地が必要になるはずだが、《転職の塔》の建物は外から見るとそれなりに巨大だとしても、それだけの面積を確保できるほどの内部空間があるとはとてもではないが思えない程度でしかない。

 実際、しっかりと計算した数学者がいるが、少なくとも外側から計測して分かる建物の体積と、確認されている最大の《初期職転職の間》の数から比較すると、明らかに《初期職転職の間》が必要とする体積の方が多い、ということらしかった。

 まぁ、そうは言ってももしかしたら限界もあるのかもしれないが……今のところ確認出来てないんだよな。

 確認方法など、実際にみんなで同時に飛ぶしかないからだ。

 そして手を貸してくれる限りの冒険者に依頼して、実験してみた結果、これくらいのことしか分かっていないのだから、もうこれ以上はさらに大規模な実験をするくらいしかない。

 けれど冒険者はそんなに暇じゃない。

 魔物を倒し、迷宮を攻略しないといけないからだ。

 したがって、実験を出来る機会はもう当分の間は巡ってこないだろうな……。

 

 ともあれ、そんなシステムであるから、みんなで一斉に跳んでも同じ《初期職転職の間》に跳ぶことは出来なさそうに思える。

 だが、これに関してもしっかりと実験されているのだ。

 パーティー単位で跳ばされるわけだが、本当にパーティーでなくてはならないのか、ということを試した人間がいるのだ。

 その結果分かったことは、別にパーティーを組んでいなくても、この人たちと同じ場所に跳びたい、と考えていればそのようになるということだ。

 そして、これについても人数制限は確認されていないのだな。

 ただ、人数が増えるにつれて、《初期職転職の間》の面積は広がっていく。

 つまり、四十人もの人間が同時に跳んだ《初期職転職の間》の広さは……。


「おぉ、すごいな。ここで野球が出来そうだぞ」


 つい俺もそう言ってしまうくらいの広さだった。

 雹菜は笑って、


「確かにね。考えてみれば、別に職業選択だけに使うこともないのかしら? ここで模擬戦とかすれば、場所代無料よね……。計測機器とかないから、不便なところもあるでしょうけど」


 そう言った。

 しかしこれについては、一緒に《初期職転職の間》に跳ばされてきた、近くの冒険者が否定してきた。

 

「それは出来ねぇらしいぜ。一定時間内に転職の意思がないと判断されると、外に排出されてしまうってよ」


「え、そうなの? それってどのくらいの時間で?」


「俺が聞いたのは三十分は経ってないって話だったな……まぁ三十分以内なら遊べるかもしれねぇが。おっと、そろそろ行くみたいだぜ」


 見れば、前方で賀東さんが、


「全員揃ってるな! では、扉に触れる。ここにいる全員が同時にレッサードラゴンのいる部屋に跳ばされるから、覚悟を決めてくれ!」


 そう言っている。


「……いよいよね。絶対に勝って帰るわよ」


 雹菜がそう言ったので、俺は頷く。


「あぁ!」


 俺がそう呟くと、さっき《初期職転職の間》の仕様について教えてくれたおっさんが、


「……若いっていいねぇ……しかし緊張がほぐれたわ」


 などと呟いていた。

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