第424話 経験
『……そこから先は、さして特筆した話もないな。普人と出くわせば戦いになることは分かりきっていた。意思を持つ前に、普人と戦った記憶もあったからだ。そのため、可能な限り、普人と出会さないようなところを寝床にすべきと考えた。そして森の中を歩く中で、あの集落に住む同胞と出会い、今に至る』
普人と戦った記憶、というのはどっちなのか、少し気になった。
どっち、というのは、ゴブリンの世界、ゴブランでの断片的な記憶の一つとして、なのか、地球の迷宮でのことなのか、ということだ。
前者であれば、それは魔物として現れた普人を倒しただけ、つまりこの世界で俺たちが迷宮のゴブリンを倒すのと同じことだ。
ただ、後者だと、冒険者と殺したということになる。
意識がなかったことを考えれば、別に責められるようなことではないとは思うのだが、これが外部に知られるとあまり良くない材料になる可能性もある。
だから、聞いておく必要があった。
黒田さんが尋ねる。
『さっき、普人と戦った記憶が、と言ったけれど、それは、どこで?』
『本来の世界での迷宮で、そして、地球の迷宮でも、だ』
『結果は……』
『俺はこうして生きているからな。殺してしまった。それについては申し訳ない話だが……』
ジャドはそうやって頭を下げるが、こればかりは仕方がないな。
ただ、言っておくべきことはある。
これは雹菜が口にした。
「意識がない時にやったことだから、それは罪とは言えないと私たちは考えてる。でも、それを広く公表してしまうと、貴方の身が危うくなる可能性があるから……もしも今後、政府と交渉する際にそのあたりについて詰められたら、あくまでも向こうの世界で魔物として現れた普人と戦った、ということにしておいた方がいいわ」
これを黒田さんが通訳し、ジャドは頷いて、
『承知した。だが、バレないのか? 俺のようなスキルを持っている者がいるのではないか』
つまりは、嘘を看破できるスキルだ。
ただし、これについてはどうにかできる。
「うちから魔導具を貸し出すから安心して。そういったスキルを弾ける高位のものがいくつかあるから」
『なるほど、ありがたく思う。こうして考えると、貴方たちに会えたことは幸運だったようだ』
「それはこっちもね……あら」
そこで、内線電話が鳴ったので雹菜が取る。
そして二、三言話して、驚いた顔をし、そして受話器を置いて、こちらに戻ってくる。
「どうかしたのか?」
俺が尋ねると、雹菜が言った。
「政府から担当者が来るって言ったでしょう。それがそろそろ到着するって」
「あぁ、なんだ。それだけか……でもその割には焦ってたな?」
こちらから連絡して約束していたことなのだから、あの驚きようはおかしい。
それについて指摘した俺に、雹菜は言った。
「……それがね。来るのが総理なのよ」
「え?」
「平賀総理が来るって。まぁ面識はあるし、気さくな人だったから大したことではないかもしれないけど……まさかこんなに突然来るとは思わなかったから」
平賀総理。
日本国内閣総理大臣平賀慶次である。
以前、転職の塔に閉じ込められていたところを救出し、知己を得ている。
だから知人と言えなくはないが、それにしても一ギルドを直接訪ねるようなことは滅多にない人だ。
きてもせいぜい、五大ギルドまでで、未だ中小の域を出ていないうちに来るのは……。
「本当に来るの? 総理が? またまたぁ」
あまり信じていないのか黒田さんがそう言うが、雹菜が彼女の肩をポンと、叩いて、
「……マジよ。心を決めて。通訳は貴方がするのだから」
「……ひええ」
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