第423話 危険

「……迷宮から与えられる力と命令、それが魔物の本能……ねぇ」


 雹菜が顎に指をやりつつそう呟いた。

 確かに考え込みたいくらいには中々に面白い情報であった。

 そもそも、迷宮について分かっていることはほとんどない。

 もちろん、魔物についても同様だ。

 大雑把に言って、なぜかこの世界に突然出現し、そしてなぜかそこには魔物が闊歩していて、またなぜか色々な道具や素材が取れる、というだけのことしか確実とは言えない。

 それ以外のことのほとんどは、学説は数あれど、どれも裏付けの取れない妄想だとも言える。

 だからこそ、当事者?であるジャドの経験した話は、重要な情報だ。

 彼以外のゴブリンにも同じような話が聞けるとしたら、迷宮についての研究が一気に進む可能性も高い。

 そういったことについては黒田さんも想像がついたようで、


「……これ、一介の翻訳士でしかない私が聞くのまずい話だったりしないかな……?」


 などと言い始める。

 これに雹菜は、


「まぁ、いきなり世間に公表するのは政府も望まないでしょうから、ある程度の期間は伏せられるような話だとは思うわ。ただ英美里も私たちと秘密保持については契約しているわけだし、殊更に言わなければ問題はないとは思うけど」


「だといいんだけど、これから政府の人もここに来るわけでしょ?」


「あぁ、そこから情報が漏れると危惧してる? うーん、まぁないこともないかな……?」


「どどどうすれば」


「……しばらくうちのギルドにいる? 常時が嫌なら臨時メンバーとしてでもいいし。所属がはっきりしてれば、どんな組織に何言われようと私が対応するけど」


 ふと思いついたようにそう言ったが、確かに悪い選択肢ではないな。

 それは黒田さんも同様なのか、


「お願いしますっ!」


 と即座に雹菜の手を握った。

 まぁうちとしても、翻訳士が一人いるとありがたいし、これはいいことだな。

 そして少し顔色が良くなった黒田さんが、続きの質問をジャドにする。


『意識がはっきりとした後は……どうしたの?』


『あぁ、とりあえず迷宮からは出ることにした。それまでは迷宮から出られるなどとは少しも思えなかったというか、考えもしなかった。だが、一度意思を持ってしまうと……迷宮の中にいるのが嫌になった……いや、少し違うか。迷宮の外に行きたくなったのだ』


「うーん、実家住みが一人暮らししたくなったみたいなあれかな?」


 俺がただなんとなく思ってしまったことを口にすると、雹菜が、


「……俗すぎる例えに思えるけど……でも確かに言われてみるとそんな感じよね。迷宮は……実家?」


『ははは。実家とは……。確かに故郷のように感じることは、今でもあるな。たまに迷宮に入ることもある。俺たちの住んでいる集落の近くには、迷宮があるのだが、集落の者は全員がそこから出てきた』


 これは意外な情報だろう。

 迷宮から出てきたのだから、もう戻りたくないと考えているかと思っていたが、そうでもなさそうなのだから。

 しかしそうなると……ゴブリンも迷宮で魔導具などを得られる可能性があることになる。

 それと、迷宮で彼らが魔物を倒した場合、どうなるんだ?

 やはり強くなるのだろうか。

 俺たち人間は、迷宮で魔物を倒すと魔力のようなエネルギーを吸収できる。

 それが彼らにも起こるのであれば……。

 放置しておけば、自ずと強大な存在になるのではないだろうか。

 これは意外と、人類の危機も内包しているのではないか?

 早急に彼らとの交流をもつべきと政府が思っているのは、そういう危惧もあってのことか……。

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