第422話 ジャド、原初の記憶
「……さて、と。さっき、政府の方にも連絡しておいたから、担当者がいずれ来るわ。それまでに、聞きたいこととか色々あるから話しておきたいのだけど、いいかしら?」
《無色の団》ギルド支部の応接室で、雹菜がそう言った。
部屋の中には黒田さんと雹菜、それに俺と、そして静さんがいた。
静さんについては、ゴブリンを鑑定してもらうために同席してもらっているのだな。
黙って鑑定してもらうべきか、確認を取ってからにすべきか悩ましいところだが、後で揉めることになる可能性を排除するなら、確認を取ってから、の方がいいだろう。
黒田さんが雹菜の言葉を伝えると、ジャドは言う。
『あぁ、構わない。何でも聞いてくれ。ここまで来たからには、答えられる限りのことには答えよう。さまざまな支援をもらえることは理解したからな』
支援、といったのはジャドに今後《無色の団》がジャドのいる集落にどんな支援をするかを先ほど説明したからだ。
具体的には食料や衣服などに始まり、もしもあそこが不便だというのなら家屋などについても意見を聞きながら考えるという話をした。
政府との交渉についても、ジャドたちの代理人として言うべきことはちゃんといい、彼らにとって不利にならないように味方として行動するとも。
ジャドは、他人の嘘について直感的に理解できるスキルを持っているようで、俺たちが本当にそのつもりで言っているということが分かったらしく、それならばというわけだ。
「ありがとう。じゃあまずは……貴方は、というか貴方たちゴブリンは、自分たちの存在がどんなものだと認識しているの? わかりにくい質問かもしれないけど……そうね、例えば私たち人間についてだとしたら、私たちはこの地球に発生した遥か昔の生命体から進化して、人間という種にまでなった存在で、色々な歴史を積み重ねて、文化文明をここまで発展させた、という認識なのだけど……貴方たちはこういう言い方をするなら、どういう感じなのかしら?」
確かにこのニュアンスを正確に尋ねるのは難しそうだ。
俺や雹菜にとっては、何を聞きたいかはっきりしている事柄なのだが、抽象的に言うと表現が悩ましい。
あの崩壊世界でのことを話せれば簡単だが、黒田さんがいる以上難しい。
それに、今のゴブリンたちがそのあたりについてよく認識していない場合、自我が崩壊したりしないか不安というのもあった。
自分が何者からも本当は続いていないものだ、とはっきりした時のショックというのは結構大きいのではないかと思うのだ。
彼らはあの崩壊世界のゴブリンたちの影、ではあるが、直接的な繋がりは何もないのだから。
そんなさまざまな心配を込めた質問に、ジャドは答える。
『……ここに来るまで、それについて考えてみた。あんたたちに会うまで、考えてみたこともなかったんだが……俺たちは、まず迷宮で生まれた。それは間違いない。それ以前の記憶があるやつはいないからだ』
「じゃあ……そのあとは、やっぱり、迷宮の外に出てきた?」
俺が尋ねると、ジャドは言う。
もちろん、いちいち黒田さんの通訳を挟んでいる。
『その前に、まず迷宮の中ではっきりと自分を認識した瞬間があった。その前までは、ただ本能に従って動いていた……だが、ある日急に気付いたのだ。自分は何をやっているのかと。こんな……こんな動物のような生活をするような存在ではなかっただろうと。そしてそれに気付いた瞬間、何か……繋がり、のようなものが絶たれた気がした』
「繋がり? 一体何との……」
『迷宮との、だ。それまで迷宮と糸のようなもので繋がってる感覚がしていた。そこから力や命令が伝わってきて……それこそが俺の本能だった。だが、それが途切れて……』
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