第420話 成立と挑戦

 黒田さんの言葉は、可能な限り誠実なものだっただろう。

 今の俺たちに保証できるものは、正直言って何もないのが事実だからな。

 あくまでもギルドというのは、政府から認められた公的団体、程度の存在に過ぎず、それ以上の権限があるわけではない。

 ギルドとしての権利……迷宮での魔物討伐や、素材収集、魔導具の所有権、地図や情報の売買などについては十分に権利があるが、外部の存在……例えば、急に現れた魔物について、どのように扱うべきかについて、全日本的に決める権利など存在するわけがないのだ。

 これは会社が、会社のルールについて、全日本的に通用するルールを決められないのと同じことだ。

 それを決めるのは政府であり国会……当たり前すぎる話である。

 ただそういうことを、ゴブリンが理解しているかどうかは分からない。

 崩壊世界のペルシュの話を聞きながら思ったのは、彼らの世界は主に、部族的な政体であったように感じるからだ。

 地域ごとに細かな群れがあり、その群れを治める長がおり、さらにその長達を束ねる将軍がいて、そういったヒエラルキーの最上位に王であるペルシュがいる……そんなイメージだ。

 正確な地位の名称などについては分からないが、ゴブリンというのはそういう部族社会の延長で作られた世界で生きていたのではないだろうか。

 それは、この集落の様子を見ても推測できることだ。

 俺がそんなことを考えていると、黒田さんとグリーズの話は進む。


『先に、我々に持てるものを出せと……それはいささか不公平ではありませんかの?』


 そう言ってくる彼に、黒田さんは言った。


『そもそも、この世界は私たち……皆さんがいう、普人のものです。そこに根を無理矢理張ろうとしているのは、はっきり言うのであれば、ゴブリンの皆さんではないでしょうか? であれば、私たちが皆さんに多少の不公平な要求をしたとしても、それは許されるように思うのですが……?』


 これは、一歩間違えればケンカを売られかねない言い方であった。

 黒田さんも、通常であれば言わなかった台詞だろう。

 しかし、雹菜は多少の強硬的な態度も認めていて、これはその範疇だった。

 その理由は、やっぱり、ゴブリンの扱いの難しさの故だ。

 このくらいで彼らが切れるというのならば、おそらく、人間と共存することは難しいから。

 決して、意地悪というわけではない。

 けれど、意地悪な人間というのはいるのだ。

 ゴブリンを見て、会話し、確かに人間と同様な知的生命体だと認め、しかしその攻撃性、短絡性、熟慮のなさを指摘して滅ぼすべきと主張する集団も確実に現れる。

 もしその時、十分な対応ができないというのなら……。

 今のうちに滅ぼした方がまだ幸せというものだろう。

 そんな判断。

 利己的かもしれないが、いつの日にかそういう運命にあるというのなら、さっさと済ませたほうが幸せな判断であるのは事実だ。

 そんな意味合いが籠もった、黒田さんの言葉に、ゴブリンは言う。


『……仕方ありますまい。我々は、弱きもの。もしもこの世界に、少しでも根を張ることを許されるなら、それだけでありがたく思わねばならぬ立場。ですから、何か情報を求めるというのなら……お伝えしましょう』


『……! ありがとうございます! もちろん、皆さんのことは、悪いようにはしません』


 それは、まるで悪役のような台詞だったが……事実ではある。

 向こうからしても、最高ではないが、最善ではあるだろう。

 大事なことは、この結果をより良いものに持っていけるかどうかだ。

 それには俺たちの頑張りが必要である。

 

「政府との交渉、気合を入れないとならないわね」


 雹菜がポツリと言った台詞に俺は深く頷いたのだった。

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