第419話 権利

 テントの中に入ると、二匹のゴブリンが座っていた。

 正面にはかなり年かさと思われるゴブリンが、右側にはおそらく女性だろうと思われるゴブリンがいた。

 正直、年齢も性別も俺からするとはっきりとは分からないのだが、ギリギリ雰囲気で感じ取れなくもないといったところだ。

 後で黒田さんと雹菜にも確認したところ、同じような印象を受けたらしい。


 ともあれ、俺たちがテントの中に入ると、俺たちを先導してきたゴブリンがまず、


『……さっき伝えた普人だ。俺たちに話があるということだ』


 と端的に言った。

 それに残りの二匹は静かに頷く。

 やはり粗野な感じはなく、むしろ寡黙な森人のような雰囲気だった。

 あの崩壊世界でのゴブリン達も武人のようだったし、ゴブリンというのは本来、迷宮に出現しなければこのような性質なのかもしれなかった。

 それを考えると、俺たち人間も、他の世界の迷宮に出現するときは、狂気的な表情で襲いかかったりしているわけか?

 それはなんかやだな……。

 まぁどうしようもないことだが。


『……ふむ、お三方。どうぞそこに腰掛けてくだされ』


 と、正面のゴブリンが言った。

 勧められたのは衣服のつぎはぎで作られた茣蓙のような場所だが、ゴブリン達が座っているのも同じだ。

 俺たちは特に文句を言うこともなく、座る。

 そして、黒田さんがまず、口を開いた。


『お話があって来ました』


 と、その言葉はしっかりと敬語で聞こえた。

 さっきまでは割とフランクに話していたようだが、向こう側の偉い人っぽいので、その辺りを考えて話し方を変えたのだろう。

 しかしゴブリン語にも敬語があるんだな……いや、そこまで厳密じゃないのかもしれないが。

 その辺の文法に関しては、いずれ言語学者とかが解き明かすのだろうし。

 

『うむ、ジャドから聞いております。私は、この集落の長のグリーズ、そしてこちらが妻のエダ。そしてお三方を案内したのが、ジルと言いますじゃ』


 そういえば、名前を尋ねてなかった、とそこで思う。

 ゴブリンに果たして名前があるかどうか、黒田さんには判断がついてなかったのと、気軽に話が出来るまでの雰囲気ではまだなかったからだ。

 俺はもちろん、ゴブリンに名前があることは知っていたわけだが、それを言ってしまうと余計な情報を黒田さんに与えてしまうことになるしな。

 ここでこうして向こうから名乗ってくれたのはありがたかった。


『私は黒田英美里と申します。こちらが……』


「白宮雹菜、です」


「天沢創、です」


 促されて名乗り、それを黒田さんに翻訳して貰った。

 するとグリーズが、


『名乗っていただき、ありがたく……。ジルの言うとおり敵対的な方々ではないようですじゃ。それで……私たちと交流を結びたいとのお話のようですが……本気ですかな?』


 どうやら大雑把なところはすでにジルより聞いていたらしい。

 これに黒田さんは答える。


『はい。細かな部分は話し合いで決めるべきかと思いますが、定期的な情報交換や、人材交流などを行えればと。その代わりに我々からも差し出せるものがあるかと思います』


『それは……私たちが生きる権利も?』


 やはりまずはそこからだろうは、ということを言った。

 それが保障されない限りは、ゴブリンは世間的には駆除の対象になり得る。

 もちろん、いわゆる人権団体、のような集団が、その権利をゴブリンなどの魔物にまで広げるべき、と元気にやっていたりもするが、今までならそういう者達の意見を聞く者はいなかった。

 現実にゴブリンは人を襲い、殺しているからだ。

 しかしここにいるゴブリン達は違う。

 黒田さんは、彼らに言う。


『私たちは、政府ではありません。ですから、今は保障はしかねます。しかし、努力はするつもりです。ですが、その為にまず、ある程度の情報交換が必要だと思うのです』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る