第415話 ゴブリンとの会話

 黒田さんはまず、挨拶の返事が返ってくることを待った。

 たたみかけるように色々聞くという選択肢もあっただろうが、黒田さんとゴブリンの間には微妙な緊張が張り詰めているように見えた。

 実際、ゴブリンが身動ぎして、逃げるかどうするか、迷っているようにも見えた。

 けれど……。


『……なぜ、俺の言葉が分かる?』


 ゴブリンの方が、そう言った。

 それはやはり雑音のような、うなり声のような声だったが、俺にはその意味が理解できた。

 ゴブリンの言葉に、黒田さんが返答する。


『ゴブリン語というスキルを身につけているからだよ。スキル……分かるかな?」


 まず、このゴブリンが今の状況をどれだけ理解しているか、それが問題になる。

 自分がなんなのか、この世界がなんなのか、スキルや冒険者みたいな存在を知っているか、などなど、色々聞かなければ分からないことは多い。

 とりあえずのとっかかりとして言語、そしてスキルについて尋ねることにしたのだろう。


『スキル……は、分かる。魔力を使って使う、技のことだ。向こうでも使っていた……』


『向こう?』


『俺が昔住んでいた世界だ。ここではない、別の世界だ。そこで……』


 驚くべきことに、このゴブリンには記憶があるようだった。

 その記憶は、この地球ではない世界の記憶。

 そこがどこなのかを、俺は知っている。

 黒田さんは知らないため、率直に尋ねる。


『別の世界……? それって……どこ?』


『ゴブラン……という世界だ。俺はそこで暮らしていた。いや、それは俺か……? 分からない。はっきりとは……』


 完全には記憶に残っていないのだろうか?

 あの壊れた世界の中で聞いた話によれば、この地球に現れているのはあくまでも、世界の影、コピーのような存在だ。

 再現率というか、オリジナルと完全に同じというわけではないのかもしれない。

 

『ゴブラン……じゃあ、この世界のことは、分かる?』


『……いや。普人ヒューマンが住んでいるようだが……それくらいしか』


『普人……それって、私みたいな?』


『そうだ。俺たちはそう呼んでいた……ようだ。やっぱり……はっきりしない。だが……いや』


 ゴブリンの方の混乱も感じられる。

 黒田さんはそれでも続けた。


『ところで、その服はどうしたの? 子供のもののようだけど……もしかして、普人のものを奪った?』


『そんなことはしていない。たまにこの辺りをうろついていると、普人の子供が通りがかる。前に見つかってしまって……だが、俺が何も着ていないことを理解すると、これをくれた』


 どうやら、すでに人間と交流しているらしかった。

 登山客の他に現地民も通るだろうし、どちらの子供なのかは分からないが……。

 予備の服とか持ってる辺り、登山客の方か?

 いや、それなら親もいるはずで、そうなるとゴブリンに近づこうとかならないか。 

 現地民の方かもしれない。


『聞きにくいのだけど、貴方たちが普人と呼ぶ存在に、恨みや憎しみは、ある?』


『いや、ないが……なぜそんなことを聞く?』


『迷宮に、ゴブリン……貴方たちのような存在が沢山出て、私たちを襲うから』


『あぁ……だが、迷宮はそういうものだろう。俺たちの世界でも、普人が出現したし、俺たちも戦った』


『えっ……そうなの?』


『あぁ。迷宮に出現するのは、魔物の他、他世界の影である人種も含まれる』


『……ここまで話して分かったけど、貴方は私たちが知らないことを沢山知っているみたい』


「の、ようだな。だが、俺もそこまではっきりと覚えていることは少ない』


『それでも、貴方から得られる情報は、貴重だよ。ねぇ、お願いがあるのだけど』


『なんだ?』


『私たちと交流を結んでくれないかな?』

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