第406話 地上へ

「……ここは、《雑魚の迷宮》の中か? 見覚えは……あるな。多分、第二階層だ……」


 黒い穴に飛び込み、その後の記憶は曖昧だ。

 しかし、しっかりとした意識、感覚が戻ってきて周囲を確認してみれば、そこは確かに記憶にある場所だった。

 

「体にも特に問題は……ないな。少し、身体能力が上がったような感じがするくらいか。結局、俺がペルシュから受け取ったものは何だったんだ……? 何か特別なものだったとは思うんだが……」


 世界から世界へ渡すもの、と言われればそれは大層なもののはずだが、今のところ実感できることは多少の身体能力上昇だけで、他には何もない。

 だからこそ、内容を知りたかったが、考えても分かることではなさそうだ。

 それに今は……。


「まず、地上に戻ろう。佳織も心配しているだろうしな。時間的にはまだ夕方くらいのはずだし……」


 以前みたいに何ヶ月も経っている、ということがありえないのは、あの崩壊世界と地球との時差がゼロであったことからはっきりしている。

 だから俺はのんびりと地上に向かったのだった。

 その道中で少し不思議だったことがあった。

 それは、ゴブリンに何度か遭遇したのだが、そのいずれもが少し困惑している風だったのだ。

 俺に襲いかかろうとして、しかし少し悩み、逃げていく。

 まさか俺のとてつもない実力を理解して!?

 とか冗談で思ったがそんなわけもない。

 そもそもあいつらはどれだけ実力差があろうと、平気で突っ込んでくる奴らだからな。

 ではどうしてそんなことが、と考えたが、前と変わったことはペルシュから何かを託されたことだけだ。

 それが作用してのことなのだろうと推測はつく。

 まぁ、ゴブリンの素材が欲しくてたまらないのであれば困る話だが、今は別にそんなものは求めていない。

 むしろ雑魚モンスターと無駄に戦わずに、すんなりと地上まで進めたので行きよりもずっと楽でよかったとすら思った俺だった。


 *****


「……お兄ちゃん!? 大丈夫だったの!?」


 地上に戻ると、そこには迷宮入り口で不安そうな顔をしている妹、佳織の姿がすぐに目に入った。

 それを見て、あぁ、大分心配かけてしまったな、そりゃそうだよなと思って、俺は慌ててかけより、その背中を叩く。

 その結果が、この言葉だった。

 俺は佳織に頷き、


「あぁ、なんとかな。それより心配かけて悪かったな。どうにか避けられれば良かったけど、どうにもならなかったんだよな……」


「それは見てたから分かってるよ。でも、あれって結局なんだったの?」


「うーん……」


 言って良いものかどうか、微妙だ。

 というか異世界についてはやはり、ギルド外秘だからな。

 妹とは言え、やはり語るわけにはいかないか。

 でも何も言わないというのもあれだし、正直に俺は言う。


「本当は全部言いたいけど、ギルドの秘密が関わっててな……悪いが」


 すると佳織は意外にも、


「あぁ、そうなんだ。ううん、それならいいよ。私だって、守秘義務とか学校で習ってるんだから、そういうので駄々こねたりしないよ」


「お、助かるな」


「でも、雹菜さんには報告しないと駄目だよ」


「ん? まぁそれはそうだが、なぜ突然」


 雹菜の名前が……。

 と首を傾げる俺に、佳織は言った。


「だって、大分前に連絡したから。お兄ちゃんが黒い何かに吸い込まれていなくなっちゃったって。戻るとは言ってたけど、どうなるかわかんないって。そしたら、ここに来るって……」


「……え」

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