第405話 崩壊

「……はぁ、はぁ……」


 激痛が治ってきて、やっと俺には周囲を見る余裕が出てきた。

 見れば、すでに老ゴブリンの手は離されていて、俺を傍らでずっと見守ってくれていたらしいことが分かる。

 ただ……。


「おい、あんた……」


 思わず俺が口を開くと、老ゴブリンは、


「ん? 気がついたか?」


 と言ってきた。

 だが俺が気になったのはそこではない。


「俺のことより、あんたの体……」


「……あぁ、これか? これは気にするでない。つまり、わしの使命は終わったと言うだけのことじゃ。この世界もな……」


 老ゴブリンの体は、端の方から黒ずんで、ボロボロと崩れているところだった。

 

「どうにかして止められないのか!? あんたにはやっぱり、俺の世界に……地球に来て欲しい……」


 紛れもない本心だった。

 けれども、同時にそれが虚しい願いに過ぎないことも分かっていた。

 老ゴブリンは言う。


「嬉しい話じゃがな。無理じゃよ……さぁ、立ち上がるといい。お主もここにいれば崩壊に巻き込まれる。ゲートを抜け、元いた場所に帰れ」


 崩壊した世界で、崩壊とは?と思わなくもないが、それも周りの景色を見れば分かる。

 欠片に過ぎないとは言っても、それでもまだ残っていた浮遊島や、文明の破片。

 それらすらも崩れ、割れ、そして空気な溶けるように消えていっているのだ。

 この世界は、本当に今日、消える。

 消えてしまう。

 そのことをまざまざと見せられれている。

 俺はそう感じた。


「お別れなんだな……」


 俺は立ち上がり、言った。

 だいぶ疲労が溜まっているかも、と思っていたが、立ち上がってみると意外にそうでもない。

 むしろ、力が漲っているような気さえした。

 そんなことを言うと、老ゴブリンは、


「わしの力を受け取ったから、じゃろうな。とはいえ、多少ステータスが上がるくらいでしかないが」


「え、そうなのか?」


 だいぶ大きなものを渡す、みたいな感じだったと思ったが。

 というか、多少ステータス上がる程度にしては、苦痛が強すぎたように思う。

 そんな風に俺が感じたことを察したのだろう。

 老ゴブリンは、


「お主一人に、と言うより、世界から世界へ渡した、という性質が強いものじゃからな。こう言ってはなんじゃが、お主は運び屋に過ぎん……」


「……なるほど。ステータス上昇はおまけか」


「そんなところじゃ。苦しかったろうに、悪いのう」


「いや、いいさ。これであんたが気兼ねなく逝けるのなら、それでな」


「ふっ……もう何の心残りもないとも。いや、一つだけあったか……」


「なんだよ?」


「お主の名前を聞いておらん」


「そんなことかよ……」


 もっとすごいことを言われると思ったが、ひどく小さな願いでしかなかった。


「わしの最期を見とる人物の名前じゃ。大事じゃろ」


「まぁ、確かにな。俺の名前は、天沢創だ」


「ハジメ、が名前か?」


「そうだ」


「そうか……ハジメか。いい名前じゃ」


「それで?」


「む?」


「いやほら、こういう時は名乗り返すもんだろ」


 そう言うと、老ゴブリンは面食らったような表情をするが、すぐに納得して頷き、言う。


「……ペルシュじゃ。ペルシュ・ベルン」


「ペルシュか……分かった。覚えておく」


「あぁ、そうしてもらえると、ありがたい……さて、そろそろ本当に危険じゃ。早くゲートへ」


「そうだな……じゃあ、さようならだ、ペルシュ。あんたのことは、俺の仲間たちにも言っておくよ」


 そう言って、崩れかけている老ゴブリンを抱きしめると、


「……久しぶりに感じる、人の温かさじゃ……ではな、ハジメ。本当に……ありがとう……」


 そう言って、体全てが崩れ落ちたのだった。

 その瞬間、俺がいる浮遊島も崩壊を始めたので、俺は急いで真っ黒い穴……ゲートに飛び込む。

 上下左右の分からないような、妙な感覚と、視界が黒に占められ……。

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