第402話 老ゴブリン

「……ゴブリンが、喋っ……?」


 俺は驚いて後ずさる。

 しかし、今のが決して聞き間違いではなかったと示すように、目の前の老ゴブリンは再度、俺の目をしっかりと見つめて言うのだ。


「……突然、すまないな。しかし、わしにも、もはや余裕がないのだ。次の《オリジン》がここに来るとは期待も出来ん。その時まで、正気を保っている自信も、存在を維持していられる自信も、ないのだ……」


 そう語るゴブリンの口調は、どことなく自信なさげと言うか、悲しげというか……。

 いや、倦みのようなものも感じるか?

 しかし一体どうして……。

 それにそもそも……。


「なぜ俺が《オリジン》だと分かる……!?」


 そう、そこからしてまず、おかしいのだ。

 考えられるのは、この老ゴブリンが静さん並の鑑定力を持っていることだが、俺は鑑定されるとそのことを感じ取れるようになっている。

 しかし、たった今の今まで、そんなものは一切感じられなかった。

 それか、静さん以上の鑑定士だというのならまた話は違って、俺に何も意識させることなく鑑定をやり遂げたのだと考えることも出来るが……考えにくい。

 だとすれば、一体どうして、どこからその情報を、となる。

 

 そんな意味を込めた俺の質問に、老ゴブリンは笑って答える。


「はっはっは……理由など簡単な事よ。ここに現れたからじゃ。わしが願ってやまなかったことが、叶ったからじゃ……。これで、せめて多少の未来は繋げられる……お主には不満かもしれんが、どうか受け入れてはくれぬじゃろうか……」


「だから、なんなんだって……!」


 何の話をされているのか、未だに俺には把握しかねていた。

 未来?

 不満?

 何がだ。

 俺に何をさせようとしている……。

 そんな俺に、老ゴブリンは言う。


「……その様子じゃと、《オリジン》の意味を知らぬな。では少しばかり語ってやるとしよう。《オリジン》とは、器じゃ。様々なものを載せられる、器。もちろん、そもそもは、道具に頼らず力を扱えるものがそうなるが、そこに彼らは新しい意味を載せた。崩壊を避けるため……いや、違うかの。崩壊しても、繋げるため……」


「崩壊って……この世界のことか……? 崩壊世界ゴブランって……」


「おぉ、懐かしい名前よ。この世界の名前は、ゴブラン。わしらゴブリンたちの住まう世界。じゃが……もはやその名残もほとんど残っておらぬ。この世界は、終わってしもうた……」


「どうして、そんな……」


「いずれの世界にも寿命はある。また、事故のように消え去ることもな。この世界もまた、そのような流れに乗っただけじゃ。じゃが、滅び行く世界にも一つだけ、希望はある──《オリジン》じゃ。《オリジン》だけが、世界を長らえるために行動できる。《オリジン》の行動だけが……。じゃが、わしはうまくやれなんだ。そもそも、自らの世界のために、他の世界を奪うというのは……いや、そうすべきじゃったか。今更の話じゃ……」


「世界を奪う……?」


「そう、世界を奪う……迷宮により道が出来、そこからなだれ込み、奪い取った世界で新たな繁栄を勝ち取る……《オリジン》にはそのようなことも出来る。世界から許されておる」


「でも、そんなのは……」


「そう、悪の所業よ。じゃが、拒否すればこうなる」


 そう言って、老ゴブリンは周囲を見た。

 そこには茫漠たる宇宙に、破片のように浮かんでいる小さな浮遊島の欠片しか残っていない。

 ここに世界があったなんて言われても、そうなのかとは言えない。

 それくらいに何も残っていない。


「……他にやりようは……」


「ないこともない、が、あまり意味はない。じゃが……何もしないよりはいいじゃろう。そこで、相談じゃ。お主に、繋げて欲しい。わしらが確かにあったということを示すために。わしの力を受け取って欲しいのじゃ」

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