第395話 妹と迷宮探索 4

 佳織がゴブリン相手に剣を振るう。 

 《雑魚の迷宮》第二階層に出現する魔物は、ほぼ全てがゴブリン系になる。

 二階層の広い空間の中、第三階層までほぼ、まっすぐに敷かれている道がある。

 その周辺に出現するのは、いわゆる何の変哲もない雑魚魔物、ノーマルゴブリンだ。

 佳織が今相手にしているのはこれだった。

 

 ただし、ノーマルゴブリンの方も無手ではなく、棍棒を持っている。

 粗末な品ではあるものの、それなりの太さがあり、剣であってもそう簡単には切れないものだ。

 もちろん、ある程度以上の実力があれば話は別だが、今の佳織くらいだと簡単に、とまではいかない。

 それでも、打ち合ううち、徐々に隙を見つけてゴブリンに細かいダメージを与えていき、足がふらついた隙を狙って、その首を刈り取ったのだった。

 

「……勝った!」


 返り血に顔を汚して笑顔でそう言ってくる妹というのはある意味でホラーだが、嬉しそうなのでとりあえずよしとする。

 近づいてきた佳織の顔をハンカチで拭ってやり、


「良くやったな」

 

 と言う。


「本当にそう思ってる?」


「思ってるさ。というか、ここに降りてきたばっかのときはゴブリン相手にへっぴり腰だっただろう。それと比べれば今のは相当良いよ」


「……まぁね」


 最初へっぴり腰だったのは、別に佳織の実力不足というわけではなく、単純に人型の魔物相手だからだ。

 今の世の中、魔物相手であれば人型だろうがなんだろうが、殺すことに何の躊躇もない、みたいな連中も少なくはない。

 魔物は倒すべき相手であるのだから、別に問題ないだろうと。

 確かにその考えは正しいのだが、全ての人間がそう在れるわけではない。

 まず、ゴブリンを相手にするとき、冒険者が最初の感じるのが殺人忌避の感情だ。

 人間よりも低い身長に、妙な色合いと質感の肌、言葉が通じずにうなり声をあげる獣のような存在。

 でも、二足歩行して、衣服を纏っており、武具を器用に使って、仲間とはそれなりのコミュニケーションを取る。

 その様子を見ていると、あれは人間と同じような存在なのだと、心のどこかで思ってしまうことから逃げられないというわけだ。

 佳織もまさに、最初そうで、少しずつ切りつけることは出来ても、とどめにはひどく躊躇していた。

 さっきの戦いだとて、本当に思いきりやれば棍棒も一撃で切り落としてそのまま首をやれただろう。

 それが出来ないのは、まだ佳織に躊躇があるからだ。

 

 俺はどっちかといえば躊躇がほぼない方だったので、この辺についてはうまいアドバイスは出来ないが、繰り返していけば慣れるらしいからその方向で頑張って貰っている。

 まぁ、たまにそれで精神を病んでしまう人もいるので、家に戻ったらその辺が大丈夫なのかどうか、しっかり観察しておく必要はあるが……今のところは問題なさそうだ。

 

「このまま次に行くか迷うな。第三階層はコボルトで、ゴブリンよりも人間感少ないからやりやすいとは思うけど」


 コボルトとは犬が立ち上がったような魔物だ。

 犬人、とか書いたりもする。

 ただ、ゴブリンと同じで人間を見ればとにかく襲いかかってくる。

 まぁ、魔境にいるコボルトはどこか友好的というか、見たから襲いかかってくる訳じゃないタイプもいるらしいが、迷宮のコボルトはそんなこと考える必要がないくらいに凶暴だ。

 

「ゴブリンよりも素早くて、力は少し弱いんだったよね?」


「お、良く覚えているな。あと、牙が鋭いから武器を取り落としたとしても油断は出来ない。あとは……あぁ、仲間を呼びやすいかな。一匹だけでいると思っても、すぐ近くに仲間が隠れてる場合もある。気をつけないとならないぞ」


「分かった……!」

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