第394話 妹と迷宮探索 3

「……これくらいは流石にビビらないか」


 俺がそう呟いたのは、《雑魚の迷宮》第一階層。

 なぜか迷宮の中であるにもかかわらず、青空が見える空間の中、青々と生える草原の中で、一人の少女が戦っているシーンを見つめながらのことだった。

 少女とは言わずもがな、俺の妹、佳織である。

 彼女が相対しているのは魔物の中でも最弱で知られる存在、ノーマルスライムだ。

 水滴がそのまま巨大化したかのようなその肉体は、粘性を帯びていて、その辺の棍棒でも、俺なら倒すことが出来るだろう。

 

 ただ、それは俺のステータスの値が高いからに過ぎない。

 駆け出しの冒険者や学生にとっては本来、そこそこの強敵だ。

 というのも、普通の武具……たとえば剣や槍などで突いたとしても、なんらダメージを与えることが出来ないからだ。

 

 ではどうやって倒すのかというと、スライムのその透き通った体の中に、スライムをその形に保っている中心部分……いわゆる《核》というのが存在している。

 そこを攻撃してやればいいのだ。

 これさえ破壊すれば、スライムはその形を保っていられなくなり、そのまま崩壊する。

 なんだ、簡単なことじゃないか。

 誰もがそう思うことだろう。

 けれど、そうはいかないからこそ、冒険者というのが職業として成立しているわけで……。

「やぁっ!! はぁっ!」


 と気合いを込めながら、佳織が手に持った剣でスライムに攻撃を加える。

 しかしそのいずれも弾かれて、うまくスライムの体内に入っていかない。

 スライムは耐久力低そうに見えて、実際にはそこそこある。

 あの粘膜の外膜を突き破れる程度の力がなければ、相手にするのが難しい。

 佳織はそこで苦戦しているようだった。

 

 とはいえ、佳織にそのくらいの力がない、というわけではない。

 スライム相手にビビってはいないものの、腰に力が入っていないというか。

 普段の、というか学校で見た佳織の戦いぶりからすれば、普通にやれば倒せる相手なのにと思う。


「佳織! しっかり構えろ! それと剣で攻撃するならもっと強くやれ!」


 非常に初歩的なアドバイスだが、それすらも今の佳織には怪しい。

 まぁ、初めてならこんなもんだろうが……。


「わ、わかってるって! やあっ!!」


 そこで佳織は、はっとして、やっといつも通りの動きに戻った。

 すると、剣はすっとスライムの外膜を切り裂き、その体内へと潜り込む。

 ただ……。


「核をやってないぞ! 引け!」


 スライムは核を潰さない限りは、その形を保ち続ける。

 意志も消えない。

 だから、ぼんやりしていると……。


「えっ、あっ」


 佳織の剣をスライムの体が上ってくる。

 うーん、流石にこれは……。


 そう思った俺は、


 ──ザンッ!!


 と、剣を振るってスライムの核をその体ごと切り裂いた。

 スライムの体は結合を失い、どろどろと崩れ落ちる。

 佳織は少し残念そうに、


「……ありがと。でもまだ粘れた……」


 と言うが、虚勢なのは分かっていた。

 

「落ち込むなって。まだ最初の一匹だろ。何しなきゃならないかはもう分かったはずだから、次行くぞ、次」


 俺がそう言うと、佳織は顔を上げて、


「……次は倒せるかな?」


 と聞いてきたので、俺は頷いて答える。


「楽勝……と言いたいところだが、油断しなければ大丈夫と言っておくことにしよう。そもそも普段の佳織の戦い方なら、そんな苦戦はしないはずだぞ」


「そうかな? シミュレーターでやるよりもなんか手強かったけど」


「それは気のせいというか、佳織が本物の魔物に気圧されてるだけだ。ほら、行くぞ」


「ちょっと待ってよ!」


 そして俺たちは迷宮を進んでいく。

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