第392話 妹と迷宮探索 1

「……いやぁ、マジで迷宮来ちゃったなぁ……」


 俺は迷宮の入り口前に立ってそう呟く。

 厳密に言うと、迷宮周りにある構造物群の入り口前だが。

 よく迷宮モールとか情緒も何もない呼ばれ方がするな。

 情緒とかそんなの気にしてるのは少数派だが。

 迷宮モールにあるのは、武具屋とかアイテム屋とか意外に土産物屋まである。

 加えて、冒険者協会の換金所とかも当然ある。

 これはギルドとかに所属してない冒険者にはなければ困るものだからな。

 そうでなければ、素材を金に出来ない。

 まぁネットオークションとかで売っても良いんだが、場合によっては違法になるものなどもある。

 たとえば魔物の毒腺とかそういうのはネットオークションで売るわけにはいかないだろう。

 けれど、冒険者協会では普通に換金してくれる。

 別に誰かを殺す目的で、とかではなくて、大体医療用途とかがあるんだよな、魔物の毒腺系。

 あとは何かの触媒に使ったり、変わったところだと化粧品関係に使われたりもしてるらしい。

 流石にそこまでになってくると俺も詳しくないが、女性冒険者にはかなり詳しい人たちもいる。

 化粧品会社のためにそういう素材ばかり集めるような女性冒険者やギルドというのがあるのだ。

 これは馬鹿にしたものではなく、結構稼ぎが良いらしい。

 

 まぁ、そんな訳で、迷宮モールには色々あるわけだが……。


「ねぇお兄ちゃん。どうして今日はここなの?」


 今日の主役、というか俺を迷宮に誘った張本人である妹、佳織がそう尋ねる。

 その理由は明らかで、連れてくならここの迷宮にするぞと言ったのが俺だからだ。

 佳織に選択権はない。

 いくら家では暴君のように振る舞っているとしても、だ。

 冒険者としては俺が先輩なのだから、その辺りの命令は聞いてもらわなければならない。

 

 少し意外だったのは、佳織は素直にそれに頷いたということだろうか。

 何か我が儘言うかな、とか少しでも思っていたことが申し訳ない。

 流石に佳織も高校生になって、落ち着きというか大人としての自覚が芽生えてきたと言うことだろう。

 兄として安心する。


 そんなことを考えながら、俺は佳織に言う。


「あぁ、理由は単純で、大して強い魔物がいないからだよ。第一階層にはスライム系だろ、第二階層はゴブリン系で、第三階層はコボルト系……第四階層、までいくと流石に普通にそこそこのが出始めるけど、まぁそこまでは潜らなくて良いだろ?」


 俺たちが来たのは、中央区にある最も有名な迷宮の一つ、《雑魚の迷宮》である。

 誰が呼び始めたのか知らないが、かなり昔からこんな名前だ。

 名前の通り、雑魚ばかり出現する。

 とはいえ、一般人からすれば凶悪な猛獣の巣であることは間違いない。

 一般人が第一階層のスライムと戦えばどうなるか。

 スライムの粘液に纏わり付かれ、そのまま食われ、溶かされて死ぬ。

 しかし、冒険者はそうはならない。

 油断すれば纏わり付かれることもあるし、数時間ぼーっとしてればそうなるだろうが、流石にほんの数分で、とかそういうことはない。

 これは、冒険者が一般人と比べて強力な魔力を放出しているからで、それによってスライムの酸による攻撃が通りにくくなるからだ。

 とはいえ、吐き出してくる酸弾アシッドブリッツとか、その攻撃力を凝縮したタイプの攻撃を食らえば冒険者といえど、ただではすまないから油断は禁物なのだった。


「えー、私は第五階層くらいまで潜れるんだと思ってた……。そこまで行けば、近道が開くんでしょ?」


 近道、とは迷宮内にたまにある設備だ。

 特定の階層まで行くと、その階層まで直通の階段とかが出現したりする。

 その場合、その特定の階層まで行った人間しか通れず、他の人間は不可視の壁に遮られたりするから、不思議なものだ。

 かなり深い迷宮となると、転移系のゲートのようなものもあるようだが、俺が潜れる迷宮でそういうところはまだないな。

 転移は《転職の塔》関連くらいでしか経験がない。

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