第388話 天沢佳織の驚愕 2

「あ、あれで手加減……」


 私が唖然としていると、雹菜さんはあっけらかんとした口調で言う。


「あっ、でも出力抑えただけだから、完全に手抜きってわけでもないのよ。わかりやすく言うと……術は下級までしか使わないとか、そんな感じね」


「下級……?」


 それはさらに私を驚かせる事実だった。

 試合中、雹菜さんが使用しいていた《氷術》を思い出すに、いずれも強力極まりないものだった。

 それなのに、あれが下級術だというのか……?

 雹菜さんは私の驚きに気づかず、続ける。


「まぁ、C級くらいまでのスキルには耐えられる設計の結界を一応使ってるのは分かってたけど……。元々ののステータスが違うからね。まともに使うと中級まで使えば抜いてしまいかねなかったから。創も似たようなものだと思うわよ」


「お兄ちゃんも……ですか」


 あの兄にそれほどの力があったなんて、未だに信じられない気持ちがあるからか、ついそんな言葉が出てしまう。

 しかし雹菜さんは言うのだ。


「むしろ、私より創は手加減しにくかっただろうから、もしかしたらハンデになってたかもしれないわね」


 その奥歯に何か挟まったような、微妙な言い方に、私は首を傾げて、


「それってどういう……?」


 そう尋ねる。

 雹菜さんには珍しい言い方な気がしたのだ。

 彼女はいつも堂々としていて、言いよどむことなどあまりないから。

 ただ、少しだけ考えて、雹菜さんは、


「あぁー……そうね、スキルになれていないというか。ほら、創って、高校と卒業するまでは何もスキルなかったでしょう? 比べて私は小さい頃からスキルを使い続けて慣れてるからね。手加減も得意ってわけよ」


 そう言ったから、私はさほど引っかからなかった。

 後でこのときのことを良く考えておけば良かったかも、と思ったが、流石にこの時点で何かに気づけというのは無理な話だった。


「な、なるほど……」


 馬鹿みたいに頷いてそう言った私に、雹菜さんは話をずらすように尋ねる。


「それで、どうだった?」


「何がですか?」


 私が首を傾げると、雹菜さんは少し微笑んで言った。


「お兄ちゃん、見直した?」


 なるほど、そういう話かと思う。

 おそらく、お兄ちゃんから何か聞いているのだろう。

 私は答える。


「いやぁ……見直すも何も、最初からお兄ちゃんはすごいって思ってますよ」


 これは本当の気持ちだ。

 恥ずかしくて面と向かって言えないだけで。

 そもそも、こうやって冒険者学校に入ることにしたのは、お兄ちゃんがそれを目指して頑張っていた姿に憧れてのものだから。

 雹菜さんは少し意外そうな顔で言う。


「そうなの? 創はいつも、佳織ちゃんにはなめられてる、みたいなこと言ってるけど」


 確かに、兄の言いそうな台詞だった。


「……お兄ちゃんは。まぁ確かに家にいるときは、顎で使ってるかもしれませんが……ほら、兄妹ってそういうところあるじゃないですか」


 雹菜さんにも姉がいるからと、共感を求めて尋ねると、雹菜さんは少し考えてから言った。


「……そう? 私にも姉はいるけど、流石に顎で使う気にはならないわね……使われることはあるけど」


「兄と姉では違いますか」


 やっぱり性別が違うと異なる部分もありそうだなと思って言うと、雹菜さんは答える。


「そうねぇ……ただ、うちの姉は変わり者の部類に入るからね。それに私には甘いわ」


「そうなんですか?」


 甘いというのは意外だった。

 雹菜さんは甘やかされている感じは微塵もないから。

 しかし彼女は言う。


「ええ、ギルドを抜けて、新しいギルドを作ると言っても全然許してくれたしね。B級にの抜けられるとなれば、普通は結構引き留めるものよ」


「言われてみれば……」


 B級なんて、どこのギルドでも主力級だ。

 しかも雹菜さんは広報戦力としても巨大だろう。

 見栄えのする冒険者は、意外に少ない。


「そこをすんなりだからね。言わないけど、色々ギルドにも手を回してくれたんだと思ってるわ」


「仲、いいんですね」


「幸いね……だから創と佳織ちゃんも仲良くして欲しいと思ってるわ。そんな心配はいらなそうだけど」


「そう、ですね。これを機会に、ちゃんとお兄ちゃんと色々話してみようかな」


「それがいいわ」

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