第387話 天沢佳織の驚愕

 試合が終わった後、私はすぐに向かいのベンチに駆け込んだ。

 そこにはお兄ちゃんと雹菜さんがいるはず……だったのだが、お兄ちゃんの姿はすでになく、雹菜さんが先生達から質問攻めにあっているところだった。


「あの~……」


 私がその中に向かって話しかけると、雹菜さんはすぐに気づいて、


「あっ、佳織ちゃん。申し訳ないのですが、彼女と話したいので……」


 周囲にそう言って、囲みから抜け出してくる。

 先生達は名残惜しそうだったが、生徒達とは違ってその辺の割り切りは社会人だ。

 さっさとばらけて、今度は観客達や闘技場設備の点検などのために消えていった。

 観客席の生徒達は未だに興奮冷めやらぬ様子でガヤガヤと騒がしく、先生達の整理は必要だろう。

 

「雹菜さん! すみません、お邪魔ででしたか?」


 私がそう訪ねると、雹菜さんは言う。


「ううん。全然。それよりどうしたの? 創なら……お手洗いに行ったけど。寒くて近いからって」


 寒くて……あぁ、雹菜さんの《氷術》によって、闘技場内は冷えてるのか。

 結界の力で観客席やベンチの温度は変化なかったが、たった今、結界が解かれたのか、急に冷え込む。


「さむっ……」


「ごめんなさい……ちょっと冷やしすぎたわね。術で冷やした空気って術解いても引っ込められないの、こういう時問題よね、空気に変化を与えちゃってるから……」


「そういうものですか」


「術自体は消せても、外界へ与えた変化は消せない。基本ね」


「あぁ、そういえばそうですね……」


 この間、授業で学んだ記憶が蘇る。

 その時は、スキルで壊したものを直せないとか、そういう話だったから一瞬繋がらなかった。

 でも炎術とかで燃やしたらとかそんな話もしてたな。


「それより、ほら、何か話があったんじゃないの?」


「あぁ! そうです。お兄ちゃんのことなんですけど……あんなに強かったんですね」


「そのこと? 普段から言ってるじゃない。私、そのうち抜かれるし負けるだろうって。今日なんか引き分けちゃったしね……。うかつだったわ。いつも黒剣主体で戦ってるから、あんなフェイント利かせてくるなんて予想してなかった。関係が近すぎるのも考えものね」


「やっぱりちゃんと戦って、あの結果なんですね……」


「なに、疑ってるの? まぁ気持ちは分かるけどね……B級がよりによってE級に追い詰められるなんて、ってことでしょ? これがギルド戦とか闘技大会だったらカンとかビンが跳んでくるところよね」


 ギルド戦や闘技大会は、冒険者が出場して行う賭け試合であり、テレビでも定期的にやっている。

 ただ、高位冒険者が出場するようなものは滅多になく、基本的にはC級以下のものばかりだ。

 これは、B級以上になってくると結界がもたないとか、戦闘が見えないので視聴者にとって面白くないとか、そう言う理由があるらしい。

 今までピンと来なかったが、今日の試合をみるとさもありなんという感じであった。

 

「そんなことは……あの戦いを見て、手を抜いてたなんて誰も思いませんよ」


「そう? 私も創も、ある意味で手抜きだったんだけどね」


「え!? 本気で二人とも戦ってたんじゃあ……」


 どう見てもそうとしか見えない動き、駆け引きだった。

 あんなもの、どれくらい修練をしてもたどり着けそうもない、高みに思えた。

 それなのに……。

 雹菜さんはあっけらかんとした口調で言う。


「まさか。私と創が本気で戦ったら、観客席まで灰燼に帰すわよ。結界弱すぎて、出力抑えなきゃならなかったからね。本当なら本気でやりたかったけど、B級以上の全力に耐えられる闘技場って、滅多にないから……」

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