第386話 志賀大和の感想 4

 あの氷の槍の群れに、一体どうやって対応するというのだろう?


 そう思ったのは俺だけではないはずだ。

 というか、こんなものを出されたら、その時点で負ける。

 少なくとも、闘技場観客席にいる者達は皆、そう思っただろう。

 

 天沢さんにも絶望が……。


 と思ったのだが、やはりというべきか。

 天沢さんの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「……やる気なのか」


 そして、氷の槍が天沢さんに襲いかかる。

 一本目は避けて、砕いた。

 しかしその時にはすでに二本目が迫っている。

 それどころか、何本もが一度に襲いかかってきている。

 けれど天沢さんは避け、いなし、全ての氷の槍を砕いていく。

 それを可能としているのは、その恐ろしいまでの目の良さに加え、決して足を止めないその動きだった。

 氷の槍は確かに強力だし、速度も速いが、どうも見るに、直線的な動きを得意としているようだと、俺は天沢さんの動きを見て、途中で気づいた。

 天沢さんが避けて放置した何本かの氷の槍は、一部は結果に命中し砕けたが、ほとんどは天沢さんを追いかけるように方向転換をしていった。

 ただ、それは大回りの動きであって、若干だが鈍く思えた。

 天沢さんはそのことをよく知っているかのようにうまく立ち回って……。

 ……うまい。

 その上……。


「……あのまま、雹菜さんに攻撃する気ね……」


 佳織がそう呟いたように、今や天沢さんは白宮さんに向かって走っていた。

 強力な身体強化系のスキルか、その速度は氷槍にも勝るほど。

 そして、そんな天沢さんの狙いを理解したらしい雹菜さんは、まだ少ししびれているらしい右手で細剣を持つのを諦め、左手で構えた。

 右手は氷の槍を操り続けるのに使っているようで、動いてはいるが、このまま行けば、氷の槍は天沢さんと一緒に白宮さんを突き刺すことになる。

 

「……氷槍、引っ込めないのか……!」


 唖然としながらも、俺はそのチキンレースじみた戦いの結末を見守った。

 天沢さんが剣を振りかぶる。

 白宮さんもまた、細剣を構え……そして二人の速度がさらに上がり、消えた。

 

 そして……。


 次の瞬間、ステージの中央にあった景色は……。


 見れば、ステージ中央には、天沢さんの首筋ほんの一ミリのところで停止している細剣と、さらに背中から彼を突き刺そうとしている氷の槍数十本が止まっていた。


 これは……白宮さんの勝利か?

 流石にE級がB級に勝つのは無理だったか……。


 そう思ったが、次の瞬間、


『……引き分け! 引き分けです!』


 アナウンスのそんな声が、闘技場内に鳴り響く。

 どういうことだ?

 

 そう思ってよくよく観察してみると、確かに天沢さんの大剣は振りかぶられたところで止まっていたが、それは地面に突き刺さっていて、すでに天沢さんの手から離れていたようだった。

 そして、彼の右手の先には短剣がいつの間にか握られていた。

 その短剣は、白宮さんのちょうど心臓の辺り、やはりほんの一ミリ程度のところで止まっていて、そのまま勧めれば、確実にそこを突き刺せるだろう、という状態であった。

 確かにこれは、引き分けとしか言えないだろう。

 どちらも、相手の命を奪う一歩手前なのだから。

 

 そのことに観客達誰もが気づいたとき、わっと歓声が上がる。


 それは、あまりにも高度かつ手に汗握る戦いを見せてくれた現役冒険者に対する、賞賛だったのは言うまでもない話だった。

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