第385話 志賀大和の感想 3

 本来なら、細剣士フェンサーの突きというものは、直線的に最短距離を走る高速度の攻撃であるにしても、それはあくまでも、ほとんど二次元的な動きに過ぎない。


 前から来るか横から来るか後ろから来るか。


 それは都度違うけれども、しかし自分の周囲を一通り警戒していれば、最低限、その来る方向くらいは察知できるだろう。

 

 しかし、白宮さんのやり方は、それを極めて困難にする。


 彼女は氷の盾によって、空中に足場を作ることが出来る。


 しかもその足場は恐ろしい速度で動き、消失し、また出現して、白宮さんがどこに起点を置いて攻撃してくるのか、全く予想がつかないことになる。


 事実、今の白宮さんはまさにそうしていた。


 地面から斜め上に跳んだと思えば、くるりと体勢を一回転して、そこからロケットのように細剣による突きを、天沢さんに放つ。

 

 天沢さんがそれを避ければ、地面に足を突くよりも先に足場を作り、次の攻撃の出のタイミング予測を狂わせる。


 そうかと思えば、突き込む風に見せかけて天沢さんの背後に回り、そこからいくつもの足場をジグザグに作り出して、素早い身のこなしでもって視線の向けるべき方向を絞らせない。

 まるで目の回る戦いだが、白宮さんの動きには少しも迷いもブレもなく、当然、目を回してる様子もなかった。


「……三半規管どうなってるの……」


 佳織が呆れたような口調でそう言う。

 

「一流の冒険者はそれすらもフィギュアスケート選手並なんじゃないか……?」


 ちょうど、氷の上を滑るように飛び交う白宮さんには似合いのたとえのような気さえした。

 ただし、そこで行われているのは優雅なダンスではなく、少しでも気を抜けば一撃で倒される死の舞踏だ。

 

 普通の神経をしていたら、あんなものと相対して平常ではいられない。


 けれど、天沢さんはその攻撃をしっかりと見つめ、いずれもまた、間一髪で避け続けている。

 

 巨大な黒剣をもって動きにくいのではないか、と思ってしまうが、あの剣を盾のように扱い、器用に攻撃を避け、いなしているのだ。


「……流石にここまで来りゃ俺でも理解したぜ。E級って。詐欺だろ、あの人……」


 思わず俺が呟くと、


「それは私も同感だわ。そもそもB級とまともに打ち合える時点で……E級なんて嘘みたいな話よ。まぁ……試験受けなきゃどれだけ強かろうと低ランクで居続けることになるのは周知の事実なんだけどさ……」


 佳織がそう言った。


「そもそもなんであの人、試験受けてないんだ?」


「うーん、なんか色々あったみたいで、期日に間に合わなかったみたい。次は絶対に受けるって言ってたけど、D級昇格試験はE級昇格試験と違って、頻度が早くても三ヶ月、遅ければ半年に一回くらいだからね。一度逃すと……あんなのでも、E級に残っちゃうんでしょうね……」


「ほんと……詐欺だな……お、その天沢さんが動くぞ」


 白宮さんの猛攻に防戦一方かと思われた天沢さん。

 しかし、それはあくまでも次の一手のために耐え続けていたに過ぎないようだ。

 天沢さんが、次の瞬間、少し身動ぎすると、その手にバリバリと雷が生まれる。

 それは天沢さんに突き込もうとしていた白宮さんの細剣の切っ先に伝い、彼女の腕を襲った。

 

「《雷術》……!!」


 思わず俺がそう呟くと、


「さっきあんたが使ってた奴ね……!」

 

 と佳織が返事をする。

 俺は言う。


「あれを食らって平気で動ける奴は……」


 いない、と言いかけた俺だったが、確かに白宮さんには命中して通っているはずなのに、少し腕が震えたくらいで、すぐに下がり、間合いを取る。


 それから細剣を逆の手……左手に持ち替えて、右手を開いたり閉じたりしている。

 そして、ぐっと手を握ると、今度は右手を天沢さんに向けて開く。

 

 すると……。


「……《上位氷術》……!!」


 天沢さんを狙っているかのように、いくつもの氷の槍が、白宮さんの周囲に出現した。

 そして、それは白宮さんが手を振ると同時に、一斉に天沢さんに向かって射出された。

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