第380話 志賀大和の気持ち 12

 そうだ、まだやりようはある……。

 俺はそう思って、少しばかり距離を取った。

 幸い、というべきか……いや、あえて許してくれただけだろうとは思うが、天沢さんは動かずに、構えたままそこに立っていてくれた。

 その瞳の奥に輝くのは、次は何を見せてくれるんだ?という好奇心だった。

 切り札があるなら見せてみろ、と言わんばかりのその視線に、応えないのは男ではないだろう。

 とはいえ、そう単純には見せてやらない。

 俺は疲労で限界近い体で剣を構え直し、なんとか《脚力強化》をかけ、再度、天沢さんに襲いかかる。

 

 それを見て、天沢さんは少し困惑の表情をした。

 というのも、俺がやっていることは先ほどまでとさして変わらないかだろう。

 当然の話だ。

 実際、天沢さんは俺の剣撃を受けながら、


「……根性は買うが、それだけか? だとしたらもうそろそろ終わらせるぞ」


 そう言ってくる。

 疲れ切っているとはいえ、俺の本気の剣撃を、そんな世間話をしながら涼しい顔で受け流し続ける天沢さんに、本当に冒険者としての遠さを感じた。

 E級相手にこれほどまでに食らいつくことも出来ないとは、流石に思わなかった。

 もう少しくらい、勝負になると思っていたのに。

 自惚れていた。

 俺は所詮、まだまだただの学生にすぎないのだと、改めて理解した。 

 それでも、一矢報いる事もないままに終わることは出来ない。

 だから、俺はそれを使う。

 奥の手を。

 

 スキル《雷術》、これを使い続けることで、俺の一族が身につけた特別なスキルを。


 俺が《雷術》を発動させると、天沢さんは、


「……それは見たな……ん?」


 一瞬見飽きたような顔をしたが、雷が生まれた瞬間、彼は気づいたらしい。

 前に見たそれと違うことに。

 しかし、もう遅い。

 雷は天沢さんにではなく、俺に向かった。

 そしてその雷は俺に纏われる。

 その瞬間、俺の体の動きは、先ほどまでとは比べものにならないほどに上がった。


 スキル《雷纏らいてん》、これが俺の切り札だった。

 スキル《雷術》を自らの体で受け続けることにより、取得できるというある種狂気のスキルだ。

 志賀家の人間が《雷術》を身につけやすいという特殊な条件があるからこそ、発見できたもの。

 しかも、必ず取得できるとは限らないから、幾度となく《雷術》を受ける必要がある。

 半ば地獄のような修行だが、俺はそれにい耐え抜いた。

 効果は単純にして強力。

 反射神経が高められ、体には雷が纏われる。

 結果として、恐ろしいほどに速度が上がり、主観的には周囲の速度が低下する。

 言うまでもなく、それは強力なアドバンテージとなる。


 事実、今、俺から見て天沢さんの速度は極端に低下していた。

 俺の動きは上がっているから、これなら十分に隙をつける。

 それに、仮に俺の剣を受けたとしても、そこから雷撃が流れるから、弾くことすら許さない。

 それがこのスキルの効果だ……。


「いける……っ!!」


 俺はそう確信して、剣を振るった。

 天沢さんの意識が向いていないところに向かって、今の俺が出せるだけの速度でもって思い切りだ。

 

 これなら……!!


 俺は半ば、命中を確信していた。

 これをよけられる人間など、そうはいないはずだ。

 たとえ現役冒険者とはいえ、E級ならば余計に……。


 そう思った。


 けれど。


「……え?」


 気づいたら、俺は天井を見ていた。

 ふっと天沢さんの顔が上に見え、


「……今のは中々だったな。いいのを見せてくれた」


 そう言って、彼は俺の首筋に剣を当てていた。

 その瞬間、天沢さんの勝利を告げるアナウンスが聞こえ、俺は自分が地面に倒れていることを理解した。


 俺は……負けたのだ。

 完敗だった。

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