第377話 志賀大和の気持ち 9
狭霧高校、学生闘技場には多くの学生の歓声が満ちていた。
本来なら、一年生だけ、のはずが全校生徒のほとんどが集まる異様な熱狂の声が響いている。
まぁ、それも当然といえば当然だろう。
俺はともかく、全国的なみんなのアイドル、白宮雹菜がその実力を生で見せてくれると言うのだから。
俺だって、自分が戦うのでなければ、喜んで観客席で観戦してただろうが……残念なこと、俺は現役冒険者との対戦相手としてここにいるのだ。
観客席とは一段下がった、選手ベンチに座りながら、対面にあるベンチに座る、白宮さんや天沢さんの姿を見ながら、俺は震える。
ちなみにこちらのベンチに座っているのは、俺と、山田先生に、なぜか佳織もいる……。
いや、なぜかというか、俺がいてくれと頼んだのだ。
戦い方というか、戦略とか色々相談したから、その方が頼もしかったと言うのがある。
それに、実際に今の天沢さんのコンディションとか見て、アドバイスとかあるかもとか。
そんな感じだった。
しかし、そんな佳織が模擬戦直前に言った台詞は、
「あー……ありゃダメそうだね」
そんな言葉だった。
「お前、どう言う意味だよそれは……」
恐る恐る尋ねる俺に、佳織は言う。
「お兄ちゃん、ちょっとは緊張とかそういうのあるかもなぁって思ってたんだよね。何せ、こういう場で戦った経験ある人じゃないし。昔からそんなに大舞台に強いみたいなこともないから……こういう場面だと、固まるかなとか予想してたんだよ」
「……で?」
「めっちゃリラックスしてる。何の緊張もないねあれは。大和、あんたのこと舐めてるってわけじゃないだろうけど、負けるとは一ミリも考えてない感じだよ」
「……お前……そりゃ、何というか……もうちょい俺に希望的な情報ないのか……?」
「何よ、前だったら、俺を舐めやがって、とか言ってたじゃない」
「お前相手ならともかく、現役相手にそんなこと言えるか」
「ま、そりゃそうか。胸を借りるつもりで頑張るしかないんじゃない? 速攻負けないように、実力出し切りなさいよ。勝てるとは誰も思ってないから」
「だよなぁ……はぁ。願ってくれ。一瞬で負けないと」
「それくらいならいいわよ。ほら、頑張ってきなさい」
「……おう」
そして、試合を始めるから闘技場舞台へと出るようにとの、アナウンスの声が響く。
俺はベンチから出て、そこまで足を進めたのだった。
*****
「……大和くん、大丈夫か? ここまで大規模になるとは思ってなかったから、申し訳なかったが……」
改めて、天沢さんが闘技場、舞台の上で俺にそう言う。
周囲には聞こえていないだろう。
歓声があまりにも大きいし、俺たちの声はマイクとかで拾われていないから。
アナウンスと実況の大きな声だけが響いているが、それは基本的に俺たち向けではない。
俺と天沢さんの経歴とか、プロフィールが語られて、かつ、煽られているだけだ。
聞く必要もない。
聞くべきは、開始の合図だけだ。
「いえ……。流石に皆に見られると気恥ずかしいものがありますけど……でも、全力でやりますから。勝てるとは思ってませんが、胸を貸してください」
「うん、いい心掛けだな。先に言っておくけど、俺は本気ではやらない。あぁ、舐めてるわけじゃないぞ」
本気でやらない、のあたりで俺がキレそうになったことを察して手をかかげた天沢さん。
彼は続ける。
「俺がマジでやると、ここの結界じゃ足りないからさ。まぁ納得はいかないと思うけど、その辺りは後でうちの白宮と俺がやるから、その時に理解してもらえると思うよ。けど、手加減するつもりはないから安心してくれ」
「……ええと、本気にはならないけど、手加減はしない?」
「君が、少しでも油断したら遠慮なく叩きのめすってことさ……だから本気で来るといい。すぐに試合が終わってしまうと観客にとっても物足りないだろうし、君の勉強にもならないだろうから、期待してるよ」
「……やってやりますよ」
そして、試合が始まる。
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