第376話 志賀大和の気持ち 8
「……おい、コラ! とんでもないことになったぞ!!」
授業後、俺は佳織にそう叫ぶ。
「いやぁ……私もこれは考えてなかったよ。ごめんごめん」
「軽く謝ってるが……俺、いい見世物になるんじゃ……」
「なによ、もともと上に上がりたくてしょうがなかったんでしょ? なら現役冒険者と戦えるなんて万々歳じゃない。それに、雹菜さんも模擬戦してくれるみたいだし、良い勉強になるわ」
「戦う方の身になれよ、お前は……」
結局、佳織に頼まれた模擬戦の申し込みだが、実技講習の授業中に、ということにはならなかった。
天沢さんが山田先生に相談してくれたのだが、その結果、みんなの前で模擬戦をする、ということになって……俺はそれだけでも息が止まりそうになったのだが、それ以上に驚いたのはその詳細を聞いたときだった。
俺は、《皆》とはてっきり、クラスメイト達のことだと思っていたのだが、授業終わりに行われた天沢さんと山田先生の説明によると、全校生徒を対象にしたものにしようというのだ。
せっかくB級である白宮さんもいることだし、その実力を目の前で披露してもらえたら、本当にありがたい、と、これ幸いと山田先生が頼み込んだらしい。
後で死ぬ気で校長や教務主任に頼み込んで形をつけるとまで言っていた。
あれは確実に、全校生徒への公開という形での模擬戦を勝ち取ってくるだろう。
まぁ、そこまでする気持ちは十分にわかる。
確かにB級の戦いなんてまず見れるものじゃないからだ。
他の分野で言うなら、国民的アイドルのライブを学校で行うみたいな話だ。
白宮さんの戦闘については、以前、ギルド新人戦で披露されたらしいが、それもかなりのイレギュラーだし、テレビでも見れることは少ない。
というのは、B級以上の冒険者の力というのは桁違いで、そうそう迷宮外で見せられるようなものじゃないからだ。
ただ、一応、この学校にはそれなりの結界を張れる闘技場設備もあるし、そこでなら、ある程度は見せられるようだ。
もちろん、全力だとこの学校の結界くらいでは話にならないらしいから、抑えてのことになるとは言っていたが……。
まぁ、白宮さんはいい。
彼女は俺と戦うのではなく、天沢さんと戦うらしいから。
俺が真剣に考えなければならないのは、天沢さんについてだ。
確かに、彼はE級冒険者であるが、E級であっても見習いと本職の差は極めて大きい。
最低ランクのF級ですら、高校出たての見習いよりも大半が強いのだから。
通常、冒険者としてのランクが一つ上がれば数倍、場合によっては十倍以上もの力量差があるとも言われているのである。
冒険者高校に入ったばかりの俺なんかが、普通に考えてまともに相手になるはずがない。
でも、非常に癪な話だが、佳織の言ってることも一理あって、それほどまでに強力な相手と手合わせできるなんて、まずないことだ。
普通なら、冒険者は実力を上げるために、少し自分より強い魔物と命をかけて戦うことになる。
そのような危険を踏まずに、しっかりとした指導という形でかなりの格上に挑める。
これは得難い経験であるのは間違いない話だ。
だからこれは幸せなことでもあるのだが……。
「なんか、お前の兄貴の弱点とかないのかよ……」
やるからには、負けるつもりで挑みたくはなかったからこその台詞だった。
これに佳織は少し考えてから答える。
「えぇ? 弱点ねぇ……私が知ってるお兄ちゃんの冒険者としての情報って大分前、高校の頃しかないからなぁ」
「それでもいいから教えてくれよ」
高校の時の実力など、今、冒険者となっている以上さほど参考になるとは思えない。
それに、高校の時のステータスなんかは、家族は割と話されてよく知ってることは普通にある。
「そうね……あの頃、お兄ちゃんは全然スキルが身につかない!って嘆いてたわよ。何やっても、どんなスキルも身につかないって。だからどんなギルドにも就職できないって……でも、今はしっかりと冒険者してるし、E級にも上がってるから、何かしらスキルあるんでしょうね」
まぁ、そりゃそうだろう。
スキルがなければ、冒険者なんてまともにやってられない。
俺はそのスキルの詳細が知りたかったんだが、何も情報はないらしい。
だから俺はため息をついて言う。
「……じゃあ使えない情報じゃねぇか……」
「でもほら、慣れてないとかあるかもよ? スキルは身につけて、使い続けて徐々に真価を発揮するって言うじゃない。極めれば細かい調整も利くとか」
高校卒業後に身につけた、練習もあまりしていないスキルだから練度も大したことがないことを期待しろと?
「それはトップ層の話だろ。普通は一定の力しか出せない」
そしてだからこそ、スキルは有用だ。
誰が出しても、一定の威力を出せる。
そこから逸脱できるのは、一流だけだ。
「出すタイミングとかそういうのは別じゃない。スキル出しそう! って時を狙ってみるとかどう?」
「……それは、確かにありかもしれねぇな……」
そうして、俺と佳織は天沢さん対策をしばらく話し合った。
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